第50話 天井を見上げた刃 5

 カリヤ・プローナのことをよく知らない。

 儂は異世界の創造に深くかかわる神だ―――建築、建造と言ってもいい。

 その方が人間に近い……人間のレベルの表現となるだろう。

 ゆえに異世界転生そのもの、魂の移動についてはカリヤに任せている。

 

 世界は神ひとりで管理できるものではない。

 だからこその異世界転生課である。

 もっとも儂は関りが薄かった―――今回の異世界転生があったからこそ、この女神とも並ぶ機会が多くなった。

 



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「―――カリヤよ、人間が悪くないとでも?」


 不可解さはある。

 それは人間に対してもだが、この女神に関してもそうである。

 

 今回の異世界転生はやはり続けるが、その過程で、この冠位長の考え方は把握しておきたい。

 思考のパターンに大きな相違があるならば、早めに切るのも良し―――もともとが一枚岩ではない天界である。

 一時的に進路が同じであるというだけのことである。

 この冠位長の全てには付き合いきれない、付き合う必要もない。


 そうでないと、役割を果たすのがやりづらいことこの上ない。

 多少無理やりにでも情報を増やしたいと思う別部署の神カタスキーである。


「今見た通りじゃ―――明らかな人為的行動じゃが? この乳児の人生に対し、ワシらはノータッチじゃ、見ていることしかできん―――過去の過ちをな」


 人為的行為で人災———薬物によって身を崩す人間は存在するし、崩れる家族も存在する―――。

 もっとも、今回のものは特殊なケースではあるが―――薬物依存としてカウントできるのだろうか。


 これ以上何もできん。

 人が眠っている時に夢を見るように、流れに任せるしかない。

 これは変えられない。

 この神具は特定の魂の過去への遡行が可能である―――本人すら忘却の彼方に置いたような映像を、見ることができる。

 そう、ただ見ることができるだけだ。


 個人的にはこういった醜悪な家庭を見るのも嫌である。

 狂気と新鮮さが同居する。

 家屋の中に、同居する。


 まったくもって、こうなると殴ったり蹴ったりの方がまだわかると思うがな―――と口に出しはしない、が……ただ思っておくカタスキー。

 わかりやすいものが好きなのだ。

 そして彼には彼で、どうしても見ていられないようなものはある。 


「これも人間のやることとは———まったく人間界には、鬼も悪魔もいるもんじゃな」

 

 神などおとなしいものだと、カタスキーは考える。

 世界を創り、管理しているだけなのだから―――少なくともそれが本質であったはずだ。


「そう、そして人は不幸になりますわ、この世界には―――それこそ戦争なども」


 言われて呆れる。

 大きな話題に話を移動つもりだろうか―――カタスキーも争いなど散々見てきた。

 その殺し合いを見るたびに、馬鹿なことをしている小さい者ども、と思ったり、男として闘争への興味を抱いたり、変革を期待して先読みをしたりもした。

 

 だが神としては、儂等が創ってやったのに無様に散らかしているんじゃねえよ―――という不満が常にあった―――うむ、それが一番大きな感情か、と納得する。

 

 やはりその面倒のすべては人間が引き起こす―――あとは、やはり何かしらに巻き込まれるのである。

 生まれや育ちで差はあろうが、それは。


「ただ、我々は?」


「は……」


 まるで意味がわからないカタスキーだ、カリヤの創見や如何に。

 女神協会のことか、神のことか―――。


「不幸はこの世界に何度も起きる。ただそれは、何時の世もそうなっているのは……そもそも世界に問題があるからでは?」


 そもそもこの世界が間違っていたのではないか。

 原因があるから誤りが起きる。


「私たち神は無関係だと、言い切れますの?果たして言い切れますのカタスキー様」


 カタスキーの心境はカリヤの想定よりも悪化した。

 世界の創造に深くかかわってきたカタスキーだ。 自分の役割、塵芥と扱われたに等しい。

 そして、


「やはり―――異世界への移動しかありません」


 他の世界も創造した。

 世界はひとつではない。

 人間の魂をカシスオン界へと移動する―――今女神協会の大勢はそうなっている。

 この少女も、『令和忍者』もそのうちの一つに過ぎないのだ―――魂を一つでも多く。

 その新たな世界も、カタスキーが制作に創造に関わっている。

 カリヤの意向を多く反映したその世界は、多くの仕組み法則がこことは違う。


「むう……」


 この女は苦手だ、という結論に収束する男神。

 ただ、どこまでもシンプルに、異世界転生課らしい思考回路だ。


「霧崎わかち!あなたも―――成長した暁には、いずれ!」


 異世界転生の宣言である。

 不幸な生い立ちの人間に対して憐れんではいるのだろうーーーが、最終的にはすこしばかり、勝ち誇ったような声色となった。


「異世界転生よ―――転生すれば、より良い人生を歩むこともできる。あなたの人生は、神が救うわ!」


 踵を返し、背を向け歩くカリヤはヒールの音を小さく響かせた。

 人間家屋の構造を無視し、木枠も空中も貫通して、去っていく―――。

 嘆息するカタスキーであった―――熱心なことである。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 あの銀髪女神の気配は消え去った―――この過去映像からいなくなったようである。

 溜め息をつくカタスキーだった―――なんとも、役割に熱心な女よ。

 どんなケースだろうが、それで解決するつもりか。

 異世界転生を諦めるつもりは無いようである。


「どこまであの女神が本気なのか―――もう少しでわかるといいのじゃが」

 

 しかし、と見下ろす男神。


「『豪剣少女』よ―――」


 あの御方おかたが正式に決定した第五位の呼称であった。 

 少し笑むカタスキー。

 この少女には単刀直入がうってつけだろう―――転生用トラックを切断、炎の女神をも正面突破してのけたのだから。


 周囲の構造―――家屋の骨組みが、蜃気楼のように揺れ動き始めた。

 おっと、時間も無い―――ようだ。

 この神具にも制限は存在する―――神の所業も、無法ではないのだ。


「―――その両親はお前のことを将来を案じていた。見えるぞ―――紛れもなく、お前のことを想っていたのじゃ」


 崩壊する映像内で、急かされるなか、神具で読み取れることは読み取っておく。

 周りの人間がどうなろうが、この世界で何が起きようが、自分の娘には強く生きてほしかったそうだ。

 誰にも負けずに。

 これを愛情としてカウントしたいなら、それもいいだろう。

 まあその結果は神のみぞ知る―――ふふ。

 のちに女神協会から睨まれる程度には強くなれたようである。


 「また会おう、豪剣少女―――まだ少女になり切れていない乳児よ。ただ転生したくなったら、悪いようにはせんと約束しよう」


 神として、儂が約束しよう。

 いな———儂ではなかった。

 儂の世界じゃった。


「あれも自信作じゃからな―――」


 少し困ったような笑みを浮かべつつ、カタスキーの姿も透明になり―――。

 悪意などかけらもなく乳児を見下ろす―――ベビーベッドの上の第五位を。

 その瞳に、未来から来た神の姿が映ることはない。


 彼女は人間で―――、生きて、死ぬ。

 事実だ、例外はない。

 人類はそうしてきた。

 儂はその際に、


「救いくらいは用意しておこう―――当然のことだ。 神をやっているからな儂は」


 最後の言葉にしろ、姿にしろ見えなかった。

 乳児に見えたのは楽し気に笑う大きな人間ふたりで、そこにはなごやかさすら存在する。

 何の未来も見えはしない。

 神はいるのだろうか―――少なくとも、この世界に自分を助けに来る存在などいないということを、強く想う。

 のちに女神協会異世界転生課へ全力抵抗する存在に育つ。成長する。


 霧崎わかち。

 病弱な少女にして、神の猛攻を切り裂く、人類唯一の刃である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る