第29話 女神 ケーオ・フィラメント 5


 ―――悪い!

 思い切って、心を決めた黒瀬。


 宇宙を駆け巡る隕石のごとく熱された、鉄の塊。

 そんな炎上トラックから追いかけられ、黒瀬は飛んでいく。

 それは本来、ケーオの望むところではあったーーー黒瀬は炎上しながら走行するトラックの前に躍り出る形となった。

 躍り出た、いや躍り飛んだ。


 背中あたりならいいだろうか、よしーーー上手いこと背中、肩を向けている!

 加減せず、女子生徒を、飛行中、キックで吹っ飛ばした。

 有無を言わさぬ、地に足付かないドロップキック。

 思いのほか、少女は頑丈な身体をしていたのかも知れない。

 足に跳ね返る衝撃で黒瀬は軌道がずれる。


 地面から足はなれ宙を舞い、ガードレール際まで、転がった女子生徒。

 突然の、同じ学校の生徒から喰らった飛び蹴り―――少女からすれば訳も分からない不本意だ。乱暴だ。


 今の暴力でケガはしたかもしれない。

 だがあのままでは車線上では、圧死することがあり得た。

 悪く思わないでくれ。

 先ほどまで少女がたっていた場所を、トラックが炎とともに過ぎていく―――。


「だ、大丈夫か!」


 ブロック塀上に上手く足掛けることがままに、必死な口調で、黒瀬は呼んだ―――といっても、名前も知らない女子生徒だが。


「……なに」


 じとりと、黒瀬を睨みつける少女。

 突然で当然のうめき声だが、意識ははっきりしているようだ。恨みったらしい、喋り方をしていた。

 無事である。

 肩までの髪が車風でなびくと、見覚えのある顔だと気づいた。

 

「霧崎……!」


 知っているクラスメイトの女子だった。

 詳しい間というか仲ではない。が。

 呼ばれて、眼鏡を押さえ直す―――それが返事かとも思ったが、霧崎は黒瀬のことなど気にしない様子だ。

 彼女も、もっと緊急の案件が走り迫っていることに気づいている。


「ははっ! 増えたか!」


 これを逃すわけがない―――女神であった。

煇奥きおう〟の女神。

 炎にまみれ、乱入者がいようといなかろうと、黒瀬カゲヒサを吹っ飛ばすつもりであった。

 その際に転生者がもう一人、増えようと都合がいいだけであり困ることなどないように思えた。

 二人同時に転生ゲートに入れるには、確かに難易度があるのだが。

 そこは長く転生の場に携わている一級轢殺師である―――造作もない。


「とどめ!」


 ちんたらしてんじゃねーよとばかりにトラックが疾駆してくる。

 ホイールより飛び続ける火花が、地面の上を跳ねて跳ね返る―――普通のトラックよりよけにくく、圧迫感を感じる。

 黒瀬はワイヤーを次の電柱に差したが、その支柱の感覚で、二人は無理だと考えていた。


「避けれるか?」


 じっと、黒瀬を睨む霧崎。

 女神のことは彼女も知っているはずなのだ―――奴らが侵略しつつあるこの世界に住んでいれば、知らぬ噂ではない。


 だが彼女の視線に、恐怖の色はない。

 黒瀬に対して、なにを帰宅妨害してくれているのだ、という様な視線のみだ。

 話をしている暇はない。

 だが彼女なら横ッ飛とびでよけたり可能だと、黒瀬は踏んだ。

 実際、完全に前情報なしで追突してこない状態なら。

 トラックが攻めてくるとわかり切っていればやれる。

 周囲は低く、畑のような地形。

 うまくすればトラックが横転して走れなくなる可能性はある。


「———じゃあ」


 黒瀬はもう斜めに飛びあがった。

 さっき吹っ飛ばしたのはサービスだ。

 これ以上は、なんでもは――出来ない。

 それともさっき、頭を打ったのだろうか?


 近くのガードレールが、ひしゃげて片側が吹っ飛んだ音がする。

 振り返ると、霧崎がトラックの脇に転がったのが見えた。

 避けている。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る