第30話 霧崎わかち
彼女が避けるなら、道路以外がいい。
転生用のトラックが通れない場所が理想だが、この際道路でなければなんでもいい。
女神たちに、永遠に追撃されはしないことは経験則であった。
でなければ、黒瀬カゲヒサは今日まで生きていない。
目的をミスしたら、転生をミスしたら退いていく―――、いや、黒瀬をやめて、諦めて、他の転生者に向かうのだろうか?
そんな考えを持ちつつ、宙を往復で移動する黒瀬。
気にかけても、仕方のないことではあるが。逃げる気配なし。
「おい! 逃げろ! 逃げてくれよ―――俺はもう行くから!」
行くつもりはない、急かしたい、そんな黒瀬である。
空中でブランコしながらの声かけに対し、少女は見上げている。
一方で判断に迷う、黒瀬だった。
今回の敵、ケーオの目的は自分、黒瀬カゲヒサ自身である―——自身だったはずだ。
ならばこの場からとんずら的ムーブをかますことこそが、同クラスの女子生徒、霧崎の安全につながる。
クラスメイトの命は助かる。
ここで少女をひとり助けたところで、日本のどこかで今現在も、轢殺は行われているだろう。
許しがたいことではあるが、それでも神が本気を出して来たら人類は太刀打ちできない。
転生は、逃れられない流れなのか。
だがまだなにか方法があるはず、などと思い、いやーーー自分に言い聞かせている。
とにかく目の前の転生を防ぐことだ。クラスメイト。
黒瀬としては困るというか、不本意ではあったが―――だが突然飛び蹴りをしたのだ、睨まれても仕方がないだろう。
そして黒瀬が女神の事件をここまで持ってきた、と取られてもおかしくない。
そのような見方、視点もまた正しい―――。
黒瀬は兎に角、助けたいとは思った。
今一度、黒瀬はその横の廃ビルに移動する―――。
二階部分に斜めに立った。
「何を―――?」
霧崎少女の言葉の意味がわからなかったが、とにかく緊急だ。
「トラック! トラックが来ているから!避けてくれ!」
「何を―――しているの?」
なんだ、会話、通じていない?頭でも打ったか?だとすれば俺の飛び蹴りのせい。
それしかない。
責任は取らないといけない。
黒瀬は指でケーオを、それとトラックを指す。
「それはわかる」
黒瀬はこの時理解できなかったが、彼女は黒瀬の方に興味をひかれていた。
興味というか疑問というか。
二階建ての廃ビルにアンカーを突き刺し、壁に足をつけている男子高校生に、ただ驚愕していたのである。
それだけでも確かに、目を疑う光景ではある―――。
斜めに立っている。
黒瀬は焦る。
霧崎わかち―――もっと焦りを見せたらどうなんだ。
緊急なのだからクラスメイトに優しく呼びかけるようなことはやっていられない。
助けたいという気持ちはあった。だが―――。
黒瀬カゲヒサは優秀な令和忍者である。
すなわち、正義の味方ではない、そんな性質は持たない。
これは彼の人格そのもの、偽りなきものである。
少女を助けたいと思うのは、それが一般的な人心であり、目立たないためである。
それは、幼き日から施された教育の結果でもある。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
転生ゲートから二台、トラックが現れて、ひび割れそうなコンクリートにタイヤを引き摺らせる。
じゃりじゃりと、削るような音。
何かもう一人人間がいるようだが、あの小さな女、黒瀬を見上げていた。
この国、大抵の女は女神より背が低いから何も感じないが―――。
ベテランのケーオは、そこらの人間をただ転生させるために呼ばれてはいない。
カリヤはそんな役割を期待してはいないだろう。
本人はそう考えている。
S級を送る、それが間違いなく第一目標である。
カリヤ冠位長の圧力に屈するような性根ではない炎上髪だが、失望の眼差しを向けられるのならば、ただ腹が立つ―――それだけ。
黒瀬が何やら、居合わせた人間と口論をしている―――もしや知り合いなのか。
友人の女子がいるという前情報が、確かにあったが、あれがそうなのか?
スズラン―――だったか?
そうであっても、そうでなくとも。今のあの令和忍者、足止めの状況にある。
「———二人まとめてか」
ケーオには日頃任されている『役割』を止める理由がなかった。
彼女の不機嫌になる理由をあげるとするなら、全力で逃げている、その時の黒瀬を追いつめることが出来なかった点だけであった。
とはいえ黒瀬の、空中は厄介。
数多の人間を転生させてきたケーオではあるが、その中には全力で抵抗してきた者も確かに存在はしたが、それでも空中移動は例外にも程がある。
おそらく躱される―――ならば。
転生トラックを加速させるのではなく、発火を黒瀬の直下に仕掛ける。
それで堕とせるかどうかは―――!
二台、加速する。
―――やってみないと、わかんねぇ。
ケーオは想う。彼女には日頃任されている『役割』を止める理由がなかった。
問題はあの、S級の抵抗者にして逃亡者を、始末できるかどうかである。
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