第8話 ある放課後の帰宅

 

 黒瀬カゲヒサは女神の集団から『異世界転生』の対象として狙われる日々を送っている高校生だ。


 高校生である以上、高校に通っている。彼は教室に足も運ぶし、勉学に励む。授業も受けていた。


 アスリートレベルの体術を修めている、令和忍者である少年だが、その一方で、そんな年相応な高校生としての日常も続いている。


 この日も、最後に現代文の授業を受けたのち、一日の終わり、教室は解散となった。


「じゃあ、待たなあー」


「うん」


 黒瀬はそうやって、校門でクラスの男子生徒らと二言、三言かわした後に帰路に就いた。最初っから最後まで上の空ではある。


 帰路と一口に言っても、あまりにも不穏なものではあるが。―――ちゃんと帰れるだろうか。無事に―――帰れるだろうか。まったく落ち着かない。家に帰るまでが遠足、ではないが。


 昨日の今日である。下校中に命からがらの目に合うだろうか―――再びの、天界からの襲撃に遭うだろうか。毎度毎度内心余裕がある―――なんていうことはない。周りから見れば、あのクララ戦、女神を圧倒していたかのようにも見えるのだろうけれど。

 彼の前途に、暗い影を落とす。


 実家のような安心感を目指し、歩いていく。自然とそのスピードも上がりがちで、風を切る勢いだ。

 今しがた、車道を走り黒瀬の近くを通り過ぎていく車は、通常の乗用車である。乗用車だが、それがいつ、例の銀光色のトラックになるのか警戒はしていた。


 女神たちによる、いわゆる「異世界転生」は、初めての襲撃を躱してからというものの、日ごとに激しさを増しているのだった。

 

 ……いや、初日から激しかった。それ以降がしつこいだけでーーー。そんなに人数は多くないだろう、神様なんだから一人だけ偉いのでは?などと甘い考えを持った瞬間もあるのだが。


 まったく、毎度毎度、手を替え品を替えて。別の女が。

 黒瀬が、車道のみを警戒して歩いていると。


「カゲちゃん」


 女の声がして、しかし女神は連想しなかったカゲヒサ。よく知る声だった。

 ポニーテールを結んだスタイルのいい女子が駆け寄ってきた。


 鈴蘭すずらんかすみ。彼の幼馴染おさななじみであるクラスメイトの女子生徒。家族ぐるみの交友があった。


「ああ、なんだ……」


 良い意味で嘆息するカゲヒサ。


「なんだって何よっ……」


 目を丸くする不機嫌そうな女子生徒だった。頬を膨らませるポニテ女子だが、黒瀬もいい加減、いつあのカン高い笑い声の女たちが現れるか、考えて備えているのだ。

 女神を。女達、とカウントしていいのかどうかわからないが。

 いいかげん、悪魔を名乗らないのが不思議な存在だ。


「お前だったから安心したっていう話だよ……」


 本心である。一応彼女に対し、フォローはいれるのだが、顔色は不満そうなカゲヒサだった。彼女はこっちを心配しているようだが。ややウェーブがかった髪を揺らし、首を傾げている。


「大変よねぇ……カゲちゃん、昨日もあったの? 来たんだ?」


 来たんだ、女神。黒瀬は頷く―――あれは来たというか、襲撃を受けたというのが正しいか。

 黒瀬の呟きと曲がった眉を見て、すぐに例の女神のことだと理解する女子。


「大変だったね」


 他人事だと思ってはいない、と眼と声色でわかったが、しかし一言で片付けられる問題ではないし感情でもない。

 目を丸くして首を傾げる女子生徒は、どうにも―――つまり、緊張感がない様子だった。黒瀬からすると、まあ温度差を感じてしまう、彼女の様子だった。黒瀬と違い、女神たちに襲われたことがない。

 異世界転生に出会ったことがないから仕方がないが……そうだな、現時点ではね。


「もはや、もはや―――強盗とかに近いんだよ」


「本当の神様なのか、見てないから想像しかできないけど、結構な大事おおごとだよね」


 異世界だか第三世界だか、知らないがあんな無茶苦茶な連中が攻めて来るとは、日本も平和じゃなくなってしまった。どうなっているんだ、まったく。

 教師陣からも、最近は質問攻めである黒瀬だった。


「先生は数学の楊島ようしまとか、まあ何人か……」


「なぁんだ、心配されてるじゃん」


 黒瀬は近頃、教師から呼び出しの命令を受けることが何度かあった。例の「トラックによる交通事故に巻き込まれて、ギリギリで助かった」ことによる事情聴取であり、それには警察も何人か、関わって現場検証をした。

 黒瀬はそのような話の合わせ方をしている。まあ間違ったことは言っていないが……なんだかなぁ。

 自分がやることは、忍び、隠れるのみだ。


「はあ……がいるだけなら倒せばいいんだけどよー、人間からも来られるとなあ」


 今のところ平和な街並みである。

 歩いている住民に大した異変もない……薄汚い茶色服の男が、通り過ぎていった―――民家では花壇に水をやっているお婆さんが、見えた。


 黒瀬はそのお婆さんの民家がたびたび気になっていた。テレビが見えるからだ。居間につけっぱなしのテレビが、縁側を通して丸見えであり……まあセキュリティが薄いなくらいに思っていた。

 がら空きというか、警戒しろと思う忍者である。


 今日テレビで映っていたのは、道のブロック塀と、何かを指差す女性キャスター。

ブロック塀の破片が道路にばらまかれた状態で、ようするに、事故現場みたいな映像だった。


 またか。

 敵は―――黒瀬だけを狙ってはいない。

 このような事件は続いているのだった。

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