第7話 天使ミゲル

 女神協会異世界転生課。

 それは人類を異世界転生させることを主な目的としている組織である。


 所属するのは優美な、見た目こそは優美な女神。彼女が中心である。ただ、それだけに在らず―――『天使』も所属していた。


 天使ミゲル―――。彼は女神ではない。

 年端も行かぬ男の子のように見えるが、女神に仕える者である以上、人類ではない。

天使の少年である。小学生のように幼さ若さを湛えた肌と、テンションを上げることがないかのような冷めた目つきが印象的であった。


背中の翼だけが小さく主張していた。

端が破れてボロの布にも見えるもので、それでいて清潔な衣を身に着けている。。

蒲柳ほりゅうの質———痩躯そうくに頼りなく見えるが、その潜在能力は人類とはまるで違う。


 彼は女神の小間使い的な役割を担っている。上意下達じょうかたつ。女神の役目の、承引役しょういんやく———周辺サポートを担っている。

 

 神は、人間を従わせる世界の管理者ではあるが役割を果たすには人手が必要。

いや、神の手が必要だ。それが、天使の手であっても。


 

 大水晶の映像を、女神らと共に眺めていたミゲルであったが、安易に転生をこころみた女神が吹っ飛ばされているのを目の当たりにして、驚きは感じた。黒瀬カゲヒサというイレギュラーな存在。そうそう見つかるものではない。

 

 襲いかかったクララは経験の浅い女神であった。

 デカいのは声だけだったか―――異世界転生に失敗した彼女の、功名心まじりの態度に多少は気づいていたミゲルであった。

 もっとも、その程度の個性なら珍しくはない。


 異世界転生に対して、あまり、心を動かされない。ミゲルは人間ではないので、その世界の事情を知っている。

 成り立ちを、知っている。


 この世界は神が作り、神が管理し続けてきた。そこに人間の都合は介在しない。

 異世界転生についても、また同じである―――すべては、神の意のままに。

 そのため、そこに住んでいる人間がどうなろうと関係はない―――神々の意向に左右される。

 人は、いわば世界という、借家しゃくやに住まわせてもらっているだけなのである。



 この異世界転生課は、神の役割のほんの一部であり、必要な歯車であった。

 もっとも、異世界が実在することは真実であり、つまり人間の魂の大概は無駄になることがないのだ。それが黒瀬カゲヒサであっても、他のだれであっても。


「———つきましては皆さま、このS級に対しても『役目』を果たしてくれるのでしょうね?」


 難しい役割を担うことになるぞ、と冠位長の老女は挑戦的な声色をこめた。それまでの映像を見ていた女神たちに対して。



「アタシが行こォか」


 燃えるような意志を感じる瞳。


「是非―――わっちが」


 唯、いい所に連れて行ってあげるだけ、というだけの顔。


「やるわ……今やっている地区が終わればね」


 未だ自分の爪を眺めている女神。


「ともあれ、順番決めようじゃねえか―――ミゲルっ」


 近場に、振るさいはなかったかなどと問いかける炎上頭の女神だった。


「はい」


 応じるミゲル。

 それぞれに様子は全く異なるが、ミゲルは女神協会、異世界転生課———その日常を目の当たりにしていた。


 あまり心が動かされない彼ではあったが、少しは動いていた。ミゲルにも個人的な意思ならぬ、個天使的な意思を持ってはいた。人間社会のことなど大して興味もない天使であったが、それでも、女神の都合によって異世界転生に追いやられている者たちに、憐れみを感じた。


 今回、黒瀬カゲヒサに対しての会議、というほどのものでもない、単なる鑑賞会が開かれたわけであるが―――。

 とどのつまりは、サイコパスによる談合であった。


 今この室内に、黒瀬の平穏な日常を願う女神は、一柱いっちゅうとていやしない。彼がいま現在住んでいる、その世界での日常を。




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