第2話 黒瀬カゲヒサと異世界転生 1




 黒瀬カゲヒサは走っていた。

 黒髪で顔が平たく、目は細めでヒモのような少年だ。

 そのうわっつら、外見的特徴は、どこにでもいる日本の高校生の範疇である。


 そんな彼は現在一心不乱、腕を振り続けて走る。彼のいつもの通学路を、疾走している。本来安全であるべき、学生の通学路を走って、走らなければならない。

 なお、泣き言も言う。 


「ちいいいッ、今日も元気だなぁ!」


 逃避行ではあるが、まだ余裕がある。もっとも、ただ走っているだけではの回避は出来ない。


「今日も元気だなぁ―――はッ!」


 直後、破砕音が響き、それは姿を現した。

 彼のすぐ隣で散るコンクリートの破片。ブロック塀はあとかたもなく崩れ、好き勝手にタイヤの表面を滑り流れた。


 分厚いタイヤが悲鳴を上げている。できるだけ高い音で、悲鳴をあげようとするが荷重が大きすぎて押さえ込まれる。加速するトラックは、サイド・ボンネットを頭部として突っ込んでくる巨大な生物のようでもあった。

 

 貨物トラックが、荷重かじゅうによって外側にバランスを崩し乱し、方向を変えている。

 見るからに危なっかしい運転は、車体を揺らし―――まるで犬猫の身震いだった。

 この車輛は、妙に傷がついていない点を除けば一般的なトラックに見えたが、黒瀬にはこの危険性が身に染みている。

 彼は、トラックに命を狙われているのだ。


 トラックは、ステアを切ってガレキを乗り越えようと藻掻いている。

 この黒瀬カゲヒサを突き飛ばし、あの世に送らんとする、確かな意思を感じられる。

 鋼鉄の箱は猛りをあげながら横滑りしている。

 このまままっすぐ彼に走り向かっても通用はしないことがわかってた。

 


 黒瀬カゲヒサは紙一重で横っ飛び、それを躱した。回避した―――回るように。

 空を転がる高校生。

 通用しない―――彼は、トラックを躱せる。

 

 続いて、が来た。

 走行して過ぎていったトラックは横滑りしている。横滑りするには理由がある。彼には直線での移動が通じないのである。すべて、躱されてしまう。


 暴走するトラックがかき分けた風速が、彼の背中を殴った。だがそれにより、彼の疾走は加速する―――そのまま、次に襲ってきたトラックを躱すことに利用した。

 追手を躱しきれないとわかり、準備をしているのだ。ブロックに対し斜め四十五度で走り込んでいくと、壁走りに移行した。

 壁を斜めに駆け上がった。いよいよ地面以外を足場として走り始めた彼は、民家横のブロック塀を、両手を広げて駆けていく―――。

 

 彼の上体が安定している。

 トラックが一台、ブロック塀を破砕させにかかると、高校生の右腕から黒い一閃が走った。空気が弾ける音がして、制服の裾から飛び出したのはワイヤーである。

 圧縮空気を利用しているようだ。

 ワイヤーアンカーが電柱に浅く刺さり、黒瀬は両手で握ってスイング移動を決める。


 余裕を持って道路に着地した背後で、ブロック塀が爆発していた。

 また、違う箇所から車両の走行音が聞こえてきた。どうやら、この襲撃はまだまだ終わっていないらしい。

 少年は、呟く。


「———どこだ、どこにいる」


 彼は、何者かを探しているらしい。


 


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 電柱の上、そのかかとを乗せた女がいた。彼女は艶やかな髪をなびかせ、白く、光のような輝きの羽衣はごろもに身を包んでいる。


「———なんという逃げ足!」


 女は被害者男性を見下ろしながらも驚愕していた。あのただの男子高校生が、全てを躱してなお、疾走しているのである。

 見分するに、少しばかり小柄な、男子高校生に思える。

 太ももや腹が前方に出ている。アジア風の体型だ。

 やや猫背にも見えるが、それはあらゆる美しさを追求したかのようなに比べれば、である。

 

 何の変哲もない日本人の十七才。取り立てて特別性を感じない、言ってしまえば地味な風貌の少年。無辜むこの民———そうとしか見えなかった。

 

 そんな男子、黒瀬カゲヒサ―――彼はただの少年ではない。

 転生抵抗度は『S級』に指定されている、黒瀬カゲヒサ。

 現在、高校二年生。


「絶対に異世界転生させてやるわ……!」


 神のように美しい女が、息巻いた。

 彼女たちの目的!

 それは―――、この世ではない世界への送還である!


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