第41話 転生抵抗者たち


「女神は倒すわ―――これからも」


 霧崎は席に座って待っていた。

 メロンソーダを机において、単刀直入に宣言した。

 

 黒縁眼鏡越しに、じっと見つめられた黒瀬ではあるが、敵意を向けているのは女神……。

 そのはずだ、女神を撃破した。

 今回、ファミリーレストランに誘ったのは霧崎さんの方だよ、という鈴蘭からの吹き込みがあるためかもしれない。


 霧崎の敵意は、女神にのみ向けられている。

 ……ということが、黒瀬が着席する前に判明したのだった。


 その髪は肩に触れないくらいの長さで切り揃えてある。

 先端が少しばかりくるりと、カールしていて、艶のある―――わずかにブラウンだ。

 本日は曇りというわけではないが、あの日のような夕焼けは店内まで差し込んでいない、だからこそ、あらためてまじまじと見る余裕がある、ようだ。


 切り揃えた、のあたりで先日の女神の戦闘を思い出す。

 路上に飛び散る火花。

 あれは切ったといえるか―――切断と衝突の双属性と言えるかもしれない……が。

 落ち着け自分……こぶしを握り締めるな、何も緊張することはない、戦闘は始まらない。

 しかも、まだ一度も攻撃らしい攻撃を加えてきてはいないのだ、俺に対しては……人間に対しては。


 本当に来ていた……。

 内心驚いているのと、いや、待ってくれよ参ったなあという心境のミックスである。

 恐るべきは鈴蘭のコミュニケーション能力、だろう。

 黒瀬ならば、こうはいかない―――と、別に胸を張れることではないけれど。

 かくしてファミリーレストランの一角で関係性を育もう、の会がはじまった。

 天才に対抗する者たちで……。


「座らないの?」


 首を傾げただけの霧崎。

 声は幽霊みたいだったーーー自分はそう感じた。

 女面接官を相手にしているわけでもないのに、やけに気圧される。


「あ、ああ―――」


 怖いと思っているのだろうか―――いや、意外だ。

 この状況に、困惑の方が大きい。

 もちろん、自分で望んだ話し合いの場ではあるものの、本当にこんな場面があるなんて、と黒瀬はーーー。

 もはや不安だ。


 席に着く……彼女と同じく、という気持ちでドリンクバーは注文した。

 その間も黒瀬のつま先は小柄な少女に向けられている―――気になりすぎる。

 情報は得ないと。

 飲み物とかどうでもいい何でもいい。



 もっとも、既に喉は乾いていたので、席に着いてすぐに、半分ぐらいは飲み干した黒瀬。

 さて、女神は倒すという話だったか。


「これからも、というのは襲ってくる限りは、だけど」


 どうかした?と目を細める霧崎わかち。

 座りあってようやく伺える顔つき。

 顔のパーツ自体は整っている、ただこの好感の持てなさはどこから来るのか。

 彼女の、ぴくりとも笑わない表情のせいかもしれない。

 クラスでも、そうだっただろうか。


「ああ―――そうだな。それはいいんだ―――なんていうか」


 緊張してしまっている、黒瀬。


「この店は初めてで……少し遅れてわるかったな」


 そんな言葉をとりあえず並べる。

 来ることに遅れてもいないし、道にも迷わなかったのだが。

 控えめでいこうと考える―――アウェイな気はした。

 

 ちなみに女神どもも出没しなかった―――毎日ではない、ということはもうわかっていたし、あの炎上髪のことで、いくらかこっちに手出しできない雰囲気になってくれることを願う。


 おそらく霧崎の通う場所なのだろう―――制服姿の高校生も散見される。

 ウチの高校以外の制服も。

 特別珍しくもないチェーン店だ。

 そこは黒瀬の知らない店だった―――というのも、黒瀬とも鈴蘭とも自宅からかなり離れている。

 

 ただ自宅に近かったから選んだ、だけじゃないのでは、と様々な意味を考えている令和忍者であった。

 これ、何かの罠では……?

 

「何の意味があってするのよ」


 隣から低くツッコミ。

 言われてみればそりゃそうだ、俺は馬鹿か。

 クラスメイトに対して常に警戒を怠らない、敵かもしれないし、敵に回るかもしれないと考えるのが陰キャの常というものだ。

 ……違うかもしれないが。



 しかしまあ、なにしろまだ敵か味方かわからない。

 霧崎はと言えば、やはり一度たりとも笑みを見せていない。

 うんざりするような感じを、彼女から感じる。


 まあ、クラスメイト二名に呼び出された、というようなシチュエーションではある。

 霧崎の不機嫌はあるか?

 この場に、彼女の味方はいない、孤立……と思われているか?


「協力をしたい、例の―――女神の件だが」


 周囲の目も憚らずだが、通常音量で話し合いだ。

 もっとも、すぐさま悪目立ちはしない。

 もはや若者で、転生の都市伝説を知らないものはいないのだ、少なくとも、雑談としてスタンダードなのだ。


「そうね」


 スマートフォンの画面を裏返しにして、居直る霧崎。肩をすくめた。


「私……死にたくないわ」


 目を丸くしながら、そんなことを言う霧崎に、一瞬だけ黒瀬は気を取られて、しかし同意だった。

 同意で、あまりにも正論というか。


「こ―――こっちだってそうだっ」


 あんな訳の分からない連中に好き勝手させて堪るかというニュアンスの方が強いか。

 安心して、黒瀬は続けた。


「いいか……女神サイコババアは俺たちの全滅、人類の絶滅を狙っているんだ」


 協力をしたい。

 これから自分と霧崎で。

 転生抵抗者として―――


「協力は、しない」


 即答されたとき、それまでまくしたてるつもりだった黒瀬は面食らった。

 意見が、偉くはっきりしていることだ。

 そう簡単に上手く、事は運ばないらしい。

 言葉をつづけた霧崎は―――、


「やりやすいから……私ひとりの方が。 けど人に突っかかるのが好きなの? ……私を蹴ったこともその一環かしら」


「ぐ……」


 女神ケーオから逃げ回っている最中に、初めて女子生徒を見かけたとき、思わず蹴ってしまった。

 思わず、ではないか……トラックの車線上からできるだけ離れるように吹っ飛ばした。

 しばし沈黙。


「あれ……? あれは、ああしないと危なかっただろ」


 根に持たれても、では他にどうしろと。


「……まさかあんたが単騎で女神を退治するだなんて思ってなくてよ」


 じぃ、と睨む黒瀬。

 一つのテーブルに相席してここまで観察を続けてきたが、こうして見ていても、制服を着た普通の女子生徒にしか見えない。

 

 その袖から除く手首はクラスの女子よりも白く、いっそ病弱な雰囲気も持つ。

 体調がすぐれないのだろうか……そもそもに不機嫌になってはいないか、いささか心配である。


 女子のご機嫌を取りたいわけではない。

 人の気分を良くしたいわけではない。

 そういう行動に出たとしてもだ、それは情報戦の最中さなか、ムーブの一つである。

 それは黒瀬にとって、ある種のプライドだろう……情報を引き出せなくて、なにがが忍者か。


「言いたくないならいいんだが―――」


 と言い訳というか前置きをしつつ、聞いておきたいこと、はっきりさせておかないといけないことがある。

 知らないものは不安につながる。


「霧崎さん、あんたのその、強さの秘密っていうか―――それはどういうことなんだ?」


 自分の口で言いながら、言うほどに困惑が深まる黒瀬。

 やっぱやめようかな、と思いながら、しかし言い切った。

 あの日に見た光景は全て嘘なのではないかという想いが捨てきれなかった。

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