第42話 転生抵抗者たち 2

 霧崎に、女神を退けたその力の出所について尋ねた黒瀬。

 やや踏み込み過ぎかとの想いもあるがーーー。

 平時なら無理に触れなくてもいいだろうクラスメイトの話題だ。

 だが、この辺りをいい加減にしてしまうと、女神退治もいい加減になってしまう。


「さっ―――、差支さしつかえがなければいいんだけどっ!」


 瞳が見えなくなるくらいの笑顔になった鈴蘭が、明るい声をあげる。


「差支え―――? 差支えだったらある―――何故、話さなくちゃならないの?」


 霧崎は怒ってはいないようではある。

 どちらかと言えば、これは笑みの表情だろう。

 と、黒瀬は感じた。

 だが笑顔の女の子、という平和な印象からは、程遠い。

 いつでも腕力で黒瀬を制圧できる―――と思わせるような表情であった。

 いや―――制圧されると思っている黒瀬、というだけの話だろうか?

 そしてそれが事実であると知っている。

 

 「話はシンプルよ、私はトラックを壊せる、女神も―――倒したみたいね―――あの髪型は真似マネできないわ」


 それ以外ある?

 それ以外の情報を知る必要はあるか、と言われれば確かにそれで求める能力は十分に揃っている。

 それだけで他に替えの利かない、人類唯一レベルの戦力である。

 倒したみたい、という言い方は、転生ゲートを介して何処かに行った炎上髪のことを指しているらしい。

 ……また帰ってくるかもな。そういえば俺はケーオに目をつけられている。

 

「ああ! いや悪かった、こっちが悪かった」


 首を跳ねらせて慌てた黒瀬。

 それとは対照的に身を乗り出した鈴蘭。


「待って、カゲちゃん!いいじゃない霧崎さんさ、黒瀬くんの秘密知ってるわけよね、空を飛んでいるの」


 黒瀬は目を丸くする。

 クラスメイトの小柄な怪力少女は、黒瀬と女神のやり取りを見ている。


 何をどうしようが、異性から根掘り葉掘り聞かれるのは口が重くなるだろう。

 ただ、逆だ―――霧崎もまた、黒瀬のワイヤー移動を見た者だ、ならば自分の秘密も教えなさい、とそんな理屈である。


 展開に驚きはしたが、これはいいぞ。

 さらにいえば鈴蘭の口調には威圧するような色が全く含まれていない。

 これはこちらのペースに持っていける……のか、スズ?そのまま言い切れ―――なんでもいい。


「あれってさ、幼馴染の私くらいしか、詳しく知らないんだよ―――だから、その方が、フェアじゃないかな?」


「ええ―――ええ、そうね」


 霧崎は聞いているのかいないのか、わからない様子だった。

 身体能力の高さは確定している彼女だが、どうも……黒瀬には困惑が沸いた。

 意識が定かでないのか?

 もともと幽霊のような声質に、ひゅー、ひゅーと笛のような音も混じる。

 なるほど確かにクラスメイトから病気、とされるような印象はある。


 病気病弱———病弱な少女なのだろうか。

 黒瀬はある想像を覚えた。

 自分も身体が弱ければ、あるいは親父から特別な訓練を受けず、普通の人間として今ごろはいられただろうか、そんなパターン。


「私、筋力が強いのよ。 ……生まれつきじゃあないけど。それだけ、だから何とかしているだけ」


 もう恐ろしいほどに何も教えてこない霧崎———情報量ゼロみたいなものだ。

 むず痒い想いが沸いたが、まあ、いい。すべてを知ることはないのだろう。

 知りすぎた人間が、後々どのような危険に巻き込まれるか、密偵スパイに関わらずとも想像はつく。

 知ろうとしないことも努力である、とは黒瀬の父の呟きだ。


 まず、ここで喧嘩するわけにもいくまい。

 言葉を飲み込む黒瀬。まだ鈴蘭は身を乗り出したまま。


「そ、それだけ?」


 スズ、いい―――やめとこう、他のことを聞く方がいいだろう。

 そう考えた黒瀬だが、実行したのは霧崎の方だった。


「それよりも。 時間を使うべきは協力者じゃないかしら」


「え?」


「黒瀬くんの言う、協力するって言うのは、よく知らない私じゃなくてもいいのよね?」


 他にもっと適任がいるのでは、とボソボソ、呟く霧崎。

 ひそひそというような声色であったが。

 遠く後ろの席で、二十代くらいの喧騒が大きくなった。そのため少女の声が聞こえづらい。

 あるいは、聞こえづらいようにしているのか、霧崎が。


 協力者……そんな単語が出てきて、黒瀬は少しばかり、鈴蘭の顔色を窺いそうになる。

 あぶねー、あぶねー。

 し、しかし確かに、対女神戦闘を前にして霧崎とぎこちない喧嘩をするよりは、今までの方法の方が安心できるか。


「こっちの方はまあ、なんとかする。トラックの対応が出来るやつなんて、レア度高いんだよ、わかってくれるか?」


 霧崎は反応なし―――乗り気ではないのだろうか。

 彼女はこれからも、一人で立ち向かっていく―――と、本人はそのつもりだったか?

 転生トラックと、そして女神サイコババアたちと。


「私も、いいかしら……?」


 どうやら霧崎も質問くらいはあるようだった。

 

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