第43話 転生抵抗者たち 3

「黒瀬くんの、その―――飛び回るやつのことだけど」


「飛ぶ」


 口に出してみて黒瀬は話題を確認した。

 ああ、あまり掘り下げられたくはない、とは思う特殊技能だ―――あれを知る者が増えるのは、良くない。

 ……いや、説明はしないと、協力や友好を持ち出せない。

 そう考えた方がいいだろう。


 そもそもに必要だっただけのことである。

 ……ワイヤー移動がなければ今頃はあっさりと、あの世行き、異世界行きだっただろう。

 そうしてこうして、今ものうのうと生きているから、女神たちの怒りを買い、定期的に襲撃が続いているのだろう。

 エンドレスだよ、ホント。


 ただ、別に黒瀬の意思で、望んであんな移動法になったわけではないのだ。

 どう説明したものか話したものか。

 どの程度説明するか話すか。

 考え事をしていると。


「———いえ、これはいいわ」


 霧崎が質問を取り下げた?ようだ。

 思案をして、その末に口に出しているのだろうか。

 テーブルを睨み始めた。

 視線を外すと、その瞳よりも眼鏡のフチが大勢を占める―――。

 彼女の様子からは、これを聞くべき、聞かないべきか、考えているという流れがうかがえた。


 その時だった。どッ、と笑い声が遠い席に起きた。

 年齢層は高校生より上だろう、くらいの連中だ、制服姿はいないようだが。

 うるさいな、とは思わなかったが、単純に、自分たちの会話との温度差を感じる。

 ちら、と霧崎を見れば。

 うるさい黙れ、と怒るでもなく、ぼうっと見ていた。不機嫌では、ないだろうか。

 これは、なにを思う?


「平和なことね」


 表情はあまり大きく変わらない性質らしい。しかし。

 え……?

 まあ、雑談の日々は平和なことではあるのだろうな。


「女神からにげるために―――ああいうことを?」


「ああ、あれが俺のやり方で」


 そうやって立ち回ってきたし生き延びてきた。もちろんワイヤー移動法以外もあるが、もちろんそこまでは言わない。


「女神から逃げるため、やり始めたのかしら。だから覚えたの?」


「……違うなあ」


 観念したように答えた。

 幼少時からの修行である。

 女神とは関係なく、将来的に飯を食っていくための一環である―――らしい。人間相手に使う技能だ。

 すべてが親父曰く、の説明だが。


 霧崎のそのとぼしかった表情が、これはーーー少し満足げに見えるのは、俺の勘違いだろうか。

 初めて知ったことを噛み締めるような様子だった。

 もっと質問が飛んでくるだろうか。


「色々あったようだけれど―――黒瀬くん、よ」


 俺も鈴蘭も、どういうことだろう、という疑問により黙って聞いているーーーそうしていよう。


「今まで色々あったのよ。今まで色々あったから、こういう―――力を持っているし、それで転生されずに済んでいる。生きるのに使えることだったから、生き延びた―――運が良かったとも、言えるかも。私のことは聞かないで。好きでなっているわけじゃないの。黒瀬くんあなたのことも―――聞かないわ、必要以上には」


 総じて、霧崎の身体について身体能力について、「どうなっているんだ」という質問はストップらしい。

 ……ああ。それならわかったさ。

 同じ、ね。


「同じ―――だな。霧崎、あんたと同じ……俺は」


 細かい違いをあげることは、出来るのだろう。

 それでも黒瀬は、だいたい理解った気がした。


「俺はまあ、小さい頃からだ、……そうだな」


 例を、と呟いて。

 ばん、と黒瀬は平手を、その一般的ファミリーレストランのテーブルに置いた。

 飲み物がわずかに身震いする。


「これっくらいの高さ……背たけの頃から色々あってな、好きでこうなってるわけじゃあ、もちろんないんだが……同じ、な? こんなふざけた高校生になってる。まあ、その甲斐あったんだろう……生きているよ」


 霧崎は黙って聞いていた。

 ふい、と視線を揺らして、先ほどの騒がしい集団に移した。

 けれど、と囁き始める。


「けれど黒瀬くん―――もしも。ああいう風になっていたら、大衆になれていたら―――何人かで集まっていられたら、つまり―――普通で、自然ではあるのよね。ああなりたかった?あなたは。一人だけ別の世界で生きているようなことには、ならずに」


 促されて、黒瀬はあらためてリアル充実な集団を見聞する。

 身体能力なら、自然なスポーツマン体型の男子もそのなかに見えたが、常識的な範囲の連中だ。


 黒瀬は高校生なのでピンと来ないが、将来大人が飲み会をするならば、ああなるのだというような騒がしさだった。

 それこそ平和だからこその、行動でもある。

 彼ら彼女ら、女神サイコババアどもの襲撃を受ければ、まず助からないだろう。

 と、いうのが令和忍者による観察結果である。


「普通だな……いや、騒がしいことが特徴的だが……ただ、そうだなぁ」


 霧崎の質問の、言わんとする点はそこではないのだ。


「普通になりたい……とは、思わないな。遠すぎていまいちーーーピンとこない。女神あいつらのことばかりで、最近は」


 というのが、近いだろうか。

 初めて問われる質問に、また、初めて話すようなクラスメイトに対して、自信は持てない。


 言い終えてから黒瀬は考える。

 普通になりたい、と思ったことくらいならあるのだろうか。この妙な家系に関係無く生まれていれば、どうなったかを、考えたことはある。

 ああいうのが普通で。

 自然さも持ち———友人だって多く出来るのだろうということは考える。

 あんなふうに生きることも出来たのか?

 その……生まれ変われていれば。

 ただ、それでも。


「ただ―――転生してたまるかよ。って。なってる。大衆になりたくはないな。異世界転生しないためなら、なんだって―――!」


「そう」


 笑顔———とはないが頬が少し丸みを帯びたふうに見える、クラスメイトの女子。

 ご趣味は―――?などと、根掘り葉掘りに沢山質問をされたわけではないが、霧崎は黒瀬のことを理解したのだろう。

 また黒瀬も、霧崎に、自分と近い部分を見た気がしていた。

 特殊な家系の事情か、なにかだろう。

 そういう人間だったのか、クラスメイトだったのか。


 お互いに秘密を維持できている———黒瀬は好感を持った。

 おっと、随分チョロいな俺は。

 そう思った時だ、霧崎が言う、忠告する。


「でも。飛ぶの……やめてくれないかしら」


 えっなんで。

 俺のことは必要以上に、なんとかしないんじゃあなかったのか?


「いえ―――ただ、私のまわりでそれをされると危ないわ―――当てちゃうから」


 幽霊の声でそう言われて、呟いて囁いて、俺も合点はいった。

 彼女の目つきが―――少し暗くなったというか、影が差したように見えるクラスメイトの表情。

 私の周りで、私の頭上で。飛ばれると当てちゃう、ときたか。

 霧崎の立ち回り方と衝突するーーー物理的に。


「ああ……危ないな。急旋回は空中で出来ないし」


 そういうことにしておこう、と考えながら応える黒瀬。

 奴らが来た時は手段を選べないからな。


「どちらにせよ、こっちも大きなものを振り回すわけだから―――手加減できない。 私の間合いに入ったら、切るわよ」


 最終的に剣豪か何かみたいなことを言い出した霧崎。

 目つき鋭く、彼女のその外眼角は刀の切先のようであった。

 ……ガードレールの間合いとか長さなんて、そんなもの、考えたことなかったんだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る