第44話 転生抵抗者たち 4

 間合いに入ったら切る―――そんなことをクラスメイトの少女から言われた黒瀬カゲヒサ。

 ……本当にクラスメイトだったのかよ、こんな人間が。

 人間なのかな本当に、という言葉は思っておくだけにしておくとして。

 

 ガードレールを振り回す膂力りょりょく

 振り回すだけでなく、転生トラックを破壊した。

 ……切るというよりもぶつかるといった感じだろうが、あれは。

 トラックは全壊、人体でもただじゃあ済まない。

 ああ―――ああ。俺も邪魔する気はないんだって。


「ちな、その間合いって何メートルくらいですかね?」


「……それも言わないといけないの?」


 終始面倒そうな霧崎だ。

 そんなに俺って嫌われているのだろうか。

 というか、け損なったら俺、死ぬんですがと言っておこうか。


「命に関わることなんで、こっちも」


 しばし見つめ合う。

 不機嫌そう、を続ける霧崎を見て、苦笑する黒瀬。


「まあ……気をつけるよ」


「長さは自分でもわからないわ。その場にあるものを使うしかないから、毎回変わるの……」


「自由自在か」


「その日の気分によって変えるのねっ」


 鈴蘭の笑みが空しく響く―――避けづらいので気が重いぜ、こっちは。

 しかし彼女の口調は幼馴染と対照的。ビジネスライクというか、無駄なものは切って落とすような、つまり―――音があった。

 あっさりとしていて、粘度の低い性質というか。


 女神の襲撃があった場合は、なにか手近な武器エモノを持たないといけないし、慎重に選んでいる場合じゃあないはずだ。

 ならば、ガードレールでないパターンもあるのだろうと予想はしておく。

 そう、心の準備はしておこう―――転生トラック以外の死因を増やしたくない。

 

 ただ、それでも。

 霧崎が危なくなった時はやはり、その瞬間は、自分も間合いなど知らないという気分になってしまうのだろうか、と。

 そんな不安はあった。


 話題は変わるらしい。


「私も女神の弱点なんてあれば知りたい、是非是非、知りたいわね―――」


「じゃ、弱点……?」


 言われて思案する黒瀬だが―――そんなもの、こっちが知りたいわ。


 今までは何とかあの転生クレイジーどもを異世界にぶち込み返してはいるのだが……。

 本当に、つくづく、もっと楽に始末したい女神サイコババアである。

 

 

 そもそもに、霧崎お前は―――ケーオ・フィラメントの首を切断したじゃないか、俺の目の前で。

 あれ以上はないだろう、あれ以上何を致命的な手法がある。

 あれ以上どんなトドめが?―――弱点なんていちいち考えてるのか?

 霧崎には合い変わらず、見つめられているが、しかし―――お前が、それ聞く?


「弱点なんてものがあったら……いいけど……」


 言って、目を逸らす黒瀬。

 そんなものがあれば、どんなにいいか。拍子抜けするなあ―――。

 ここで、協力とかを考えたり提案したのは弱点がないからなのだが。

 弱点、転生ゲートに……何とかして女神を叩き込むことなど―――だが、実際そこまでうまくいくような日々ではない。



 逃げ回って振り切った経験の方が多い。

 ただ、霧崎は違うのだろう―――今までどのくらい戦ってきた?

 戦績は―――なんて言い方はおかしいかもしれないが、わからない。

 逃走がメインの忍者———あまりに思いつかないから、脳裏に浮かんだのは男の声だった。


 ———女神のことで 話がある―――!


 例のサングラスの不審者。

 職員室だかPTAで、賞金首扱いになっている男だ。———いや、賞金首になどなってはいない。

 ただ懸賞金はクラスメイトの山岸くんが、購買のパンを奢るから探せと言っていた。クラスで大声を上げていた。

 まあ、あの怪しさでは校下内でネタにされるのもわかる。

 不審者はやっていることが不審だから目立つのであって、同情もしない。

 ただ俺だったらこう隠れるのに、潜むのに―――の思考が必ず脳裏に浮かぶのが、辛いところだ。


 職業病だろうか―――将来の。

 今は現役高校生。

 その皮を被っている。


 彼からの手紙、まだ黒瀬家のポストの中にある。

 ……アレはアレで、まあ機会があれば見たいと持っていたが。

 まあ何故それが、瞳を閉じた時に網膜裏に浮かび上がったか、疑問だけれど。

 女神の弱点とは言わないまでも、協力者づらはして来たな、あの男。

 女神を知るにあたって、当てがあると言えばあるが、そのメインが不審者だというのは、その、情けない気持ちにもなる。

 霧崎に堂々と公開できることではないだろう。


「情報だったら、直接聞けば早いんじゃあないかな、女神サイコババアによう……」


 困っている自分を出来るだけ見せつつ、黒瀬はそう言った。

 とりあえずだがそう答えて、それでもグラサン不審者は気になりはする。

 だがしかし、自分に近づいてきただけの、ただのヤジウマである。

 なにか出来るのだろうか。

 ……なんで思い出したんだろう。


 現状で最も怖いのは、あの男が巻き込まれてサングラスだけをアスファルトに転がし、転生させられる絵面ではなかろうか?

 俺は、黒瀬自身は別に悪くないだろう、落ち度はないだろう。

 それでも何かしら後悔を残しそうだ。


 ただ悲しいことに、現時点で思いつく情報提供者などそれくらいで、あとはインターネット上でやり取りされている女神についての噂や、尾ひれ、端ひれくらいだ。

 黒瀬は結構なアナログ人間であり―――ワイヤー飛翔も含めて、ではあるが―――インターネットは得意ではない。

 自身もタブレットを操作するようになり、ああ、ガセ情報など俺でも簡単に流せるな、と思い知っている。

 嘘でなくても、自分が思っていること、意味があると思えることを世界に公開できる―――そんな令和の世の中である。


 などと、自分の知りうる都合で考えていると。


「あら、そういうのもアリね」


 目を丸くした霧崎———瞳の漆黒が深まった。

 その気になれば鈴蘭と同じ位には瞳がぱっちりしそうな霧崎ではあるが―――その色は好戦的だ。

 女神に聞く、という手段を本当に何も考えず言った黒瀬だが、彼女はのり気らしい。

 当然、彼女が考えて「女神に聞く」は、シンプルな話し合いでは―――無いのだろう。

 霧崎はんでいた。


「弱点はなにも、私だけのメリットじゃない―――黒瀬くんにとっても良いことづくめでしょう?」


 ……言い返せない。

 痛いところをつかれたわけじゃあ、ないのだろうが、女神は懲らしめなきゃあならないな。


「見つけたら、休み時間にでもこっそり話して頂戴ね」


 どうやらこれからも付き合いは続くらしかった。


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