第45話 転生抵抗者たち 5


「兎に角、これからもよろしくね」


 霧崎は無表情で礼を言った―――いやはや、なんとも元気のなさそうな様子である。

 共闘は無しという話というか、結論になった。


「私のミスであなたが死んだら嫌だわ―――」


 だからどうしてもあなたとは話をつけたかったの、という霧崎。

 警察のお世話にはなりたくないのは彼女も同じらしい。

 ……そんな理由でこのファミレスに、誘ってきたのかよ。


「刑務所に入るのはちょっと嫌だわ」


「ちょっとかよ」


 まあ、即死と生まれ変わりを強要されている状況を鑑みれば、そうなるか。

 命を狙われている今、ムショだろうが少年院だろうが、何だというのだ。

 無敵の人の心境をわかってしまった黒瀬である。

 すっかりそのような場所が選択肢になってしまっている。

 もう少し忍んだり隠れたりしていたかった。


「まあ、良かったよ、話せて―――俺もそういう死に方は考えてなかったから」


前情報を知らなければ、霧崎の真上を飛び回り、手痛い一撃を喰らうことは在り得た。


「私のことについてこれ以上の関心は持たないで欲しい―――女神は倒す。そういう話はわかるわよね―――? 敵を減らすって言ってるの、あなたの敵を減らすって言っているの」


 これ以外に何かあるの、文句でもあるの―――と、言いたげな霧崎であった。

 もとより孤立しがちな人間であることはわかっていたさ―――だがそこまでしっかりと言ってくるとはな、宣言されるとはな。

 そこまで一匹狼であると、目立つ―――目立ってしまう。

 そのあたりが、感覚が、許しがたい黒瀬であった。

 なにかリアクションを返そうとした―――が、なにも思い浮かばない黒瀬に、続ける。


「これからも、やっていきましょう―――異世界転生アンチの人たち、として」


「は、はは……」


 その言い方はどうかとも思ったが、まあ返答しようにも、なんら嘘は含まれていない。

 転生に対抗する、抵抗する。


「そうだな、うん」


 異世界転生を阻止するしかない、か。

 彼女は無表情で見つめてきた。

 その黒目の底が視界に入り、不安になる―――見つめられた黒瀬だったが、彼女が友好的であることを確認することが目的だったはずだ。これでいい。


 あとの話題としては、この話は口外無用にすること、としておいた。霧崎は嘆息していたがーーーコソコソするのは勝手だけれど、転生は続くし敵は隠すつもりも何も無さそうよ、とのことだった。

 素直に頷いて欲しいーーー俺はあんたのことも、言いふらすつもりは無いのだ。


 これからなにか、困り事があれば鈴蘭に話してくれ、と締めた。

 女子同士の方が少しは抵抗がないだろう、との想いである。


「……彼女には、彼女になら、いいの? 女神との戦いに巻き込むわよ」


「そこは心配いらないぜ……スズも結構、まあ―――アレだからな」


 適当にごまかしておいたが、霧崎も不満は言わなかった。

 女神をサバいたことのある人間である。

いずれ鈴蘭のことも霧崎にバレるだろう。

 女神と戦うことが出来る、そんな性質の女子だ。


 クラス内で完璧女子という立場を作り上げている女は、控えめに微笑む。

 そうしてそのまま、その日の話し合いというか、会議というか。

 その時間は終わりを告げた。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 黒瀬と鈴蘭は、並んで帰路についていた。


 しかし、恐れ入ったぜ……これが恐れ入るというような感情なのか。

 自分も神を出し抜く程度のことはやってきた、日々の修業に基づいてもいる。

 ただ、彼女については。


 「妙な女だ」


 思わず嘆息する。

 女神との戦いに助太刀はいらないらしい。


 群れないつもりか。

 ……まあ、ほぼソロでやっちまったからな、女神を……。

 あの日、黒瀬おれは必要ではなかった、。

 一人のほうが戦いやすい、はわからないでもない、黒瀬である。


 だが、実際にテーブル一つ囲んで見た霧崎わかち。

 そんな距離では―――戦いに向いているように見えない。

 体型の問題では無い。

 いやもちろん、身長、体重の面でも黒瀬よりひと回り下だと推測した。

 ただ、クラスメイトと馴染んでいないのも、まるで病弱だからのように感じた。

 

 彼女は、身体が弱いために、一緒に遊ぶことに限界がある―――などの予想、妄想までしてしまう。

 幼少時から特殊なトレーニングを積んできた可能性は薄い。

 無表情で見つめてきた彼女は、あれは、無表情しか作れないのでは?

 

「なんなんだろうな、わからねえ、令和忍者おれの目をもってしても―――」


「なァにカゲちゃん? そんなに強かったんだね」


 声が笑んでいる鈴蘭が、自意識過剰を指摘してきた。

 イラッと来る若き忍者。

 そこで、ただ単に霧崎が黒瀬自分を嫌いなだけ、という可能性も浮かんだ。

 だがそれを考えたところで何も出来ない。

 ラブコメがしたいなら別でやってくれ。

 そういう視点のお話でも、そういうノリのお話でもないだろう……無いよな?


「……俺が今までどんな生活だったか知ってるだろ、昔っから」


 そこまで言って二人は沈黙で帰路を見つめる。

 黒瀬は修業はしてきたつもりだった。

 つもりではなく事実で、それが自分の家の日常であった。

 自分たち以外の『異質』を目撃するのは、そう頻繁にない。


「結局、あの強さの秘密はわからず仕舞い―――」


「がっかりした?」


「……いつか暴くッ」


 ムキになって言う、口走ってしまった黒瀬ではあるが、霧崎わかちについて調べてくれと言った依頼人などは、今回いないのだ。

 黒瀬の都合である―――無論、生き死にに関わることだから、ムキになって調べることに何ら後悔はないが。

 調査は、これで終わりになるだろう―――。

 あとは共闘……じゃないが情報共有の、この状態を維持できるかが、ポイントになるだろう。


 黒瀬カゲヒサ。

 かれは事実、彼女の筋力戦闘力の秘密を知ることは、なかった。

 彼のこの人生において最後までなかった。

 人間は全知全能ではない。

 しかしただ、真実を知る存在が、別にいただけである。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「おい、カリヤどこに向かっておる?」


 天界。

 かつかつと―――硬質な床に二名の、靴音の身が響く。


「その『第五位』を調べるわ」


 言われて、白いヒゲを、わた菓子のように揺らしつつ隣を歩くカタスキーは少しばかり意外に感じていた、その男神は困ったような表情で、ただ付いていくのみ。

 引っ張られるような様子でもあった―――ただ、着いていくしかない。

 かなりムキになっている様子だ。

 

「あの人間ッ、霧崎わかちとは、一体———!」


 大水晶とは違う、背丈ほどの高さの道具の前で、彼女は足を止めた。

 人間の使う、姿見鏡に似てはいるが、そこに自らの姿が映ることはない。



 その道具を見て髭の男神は驚く―――人間ひとりに対して、なにをやっている。

 これの使用には協会の中で、正当な手続きをいくつも経由することとなる。

 カリヤは今回の役割———大規模な異世界転生の中で欠かせない存在なっている―――当然、多忙の身だ。

 その中でここまでやるとは、正気か―――とは言わないまでも、行動の加減を忘れてはいないだろうか?


「カリヤ、こんなものまで持ち出すとは意外じゃな」


「ええ。 いずれは、いちいちこんなものの『許可』を取る必要はなくなるわ―――そもそもッ!あんな、非常識な存在たちに、好き勝手されてたまるものですか!」


「非常識……まったくもってその通りじゃがのう―――」


 男神は嘆息した―――やはりムキになっている。

 

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