第56話 異世界転生アンチの人たち 3


 異世界応対課。

 そこに所属している水色髪の女神が、今日もを果たすべく、男に向き合っていた。

 今まで生きていた世界を離れた、その少年と。


「……ここは?」


 その男子が目を覚ました後も、自分がいる場所のことをわかっていないようだった。

 白く光り輝いていて、しかし王城の一室のような風景だ。

 そう―――からは見えるだろう。

 彼がの記憶のどこを探しても、こんな場所に訪れたことがないはずである。

 文字通り、世界が違うのだから。


「いや、何処だよここ……あ、ああ!」


 パーマを当てたのか、元より髪質なのか、クシャクシャとした頭に手を当てそうに、何か思い出す様子の少年。

 おあつらえ向きな反応である……自然、笑みを浮かべる私。このタイミングだ。

 ―――お目覚めですね、と優しく声をかける。

 彼も気づきつつあるだろう、自分が今どこにいるのか。

 死後の世界である。


 羽衣を纏った女———私の存在を見て、男子は態度が固まっていた。

 なにがなんだかわからないだろうが、それでも彼はじぃっと私を見つめて、睨むようにもなって、言う。


「か……神さま、なんですか?」


 未だ寝起きのような声である。

 肩ひじ張らず、敬語など使わずとも良いと、私は言った。

 びくり、と男子は緊張したが、自分も椅子に腰かけていたことをそこで気づいたようだ。


「そう……スか」


 

 彼は狼狽えていて、私は少しばかり、好感を持った。

 神に出会った人間のリアクション、これは結構好きだった。

 ボソボソと、何かを呟く少年———神に気安く話しかけることは出来ない、そんな様子だ。


 ———脇村わきむらユウゴさま。あなたは選ばれたのです、新しい世界に移り住むべき存在に。


「本当に、本当なんだな……異世界、に行くのか」


 本題に入ったことで、その男子は視線を彷徨わせた。

 近くには友達も親もいない、周囲の目すらもない―――不安だろう。

 異世界、という言葉の意味すらも、はっきりとわかっているかどうか。

 そのためか、かなり長い間あと、声を発した。



 少年は歯を見せて(魂の存在となっているので、その部位はぼやけて見えるが)、落ち込んだ―――残念だったようだ。

 それから『次』の世界の説明を事務的にする私。

 

 今までの世界とは多くの法則が異なるため、『前』の人生の知識が役にたたなかったりもする。

 生まれ変わった先は今までとは住む環境、身分なども変わることがある。

 彼は良い人生を送れるかもしれないし、そうはならないかもしれない。

 大人しく聞いていた彼は。


「でも……生まれ変われるんスね?」


 と答えた。

 あなたは異世界に転生する―――名前ももちろん変わり、今までの名で呼ばれることは二度とないだろうし、まったく違う生活を送ることもあり得る。

 天国や地獄に行くわけではないので安心して欲しい。

 ただ、どうしても二度と人生を歩みたくないのならばそれも可能、別の部署に投げるけどね―――最終手段の一つだ。

 

 しかし随分と……前向きなことである。

 対応力といえば格好はつくかもしれないが。

 転生に前向きというか、積極的というか。

 容赦がないレベルに達している異世界転生の過渡期の只中だが、あの世界の人間は、それに慣れつつある。


 普通の日本人の少年に見えて、特別に勇気ある者なのだろうか―――異世界転生課の宿敵となりつつあるらしい『S級』黒瀬なども、一見すると一般的日本人だという話であるが。


 もはや異世界転生は人間たちにとっても周知の事実となった。

 異世界転生課向こうの連中も、下手に転生を隠すようなことを、現在はしていない。

 『役割』である―――もはや異世界転生は止められない。

 


 クシャクシャ頭の、目の前の男子———彼は、黒瀬カゲヒサの近くにいた。

 そこで生活していたことがある―――そんな事実を持つ男子でもある。

 ただ私は、ふたりが親しいわけではない、と予想している。


 この少年もまた、記憶を消去が始まっている―――。

 新しい人生をスタートさせるはずだ。

 ただ彼はある種、「予想通りの展開」でここにきたと思っているふしがある。

 目の前の少年は転生を受け入れている―――明らか転生抵抗者ではないようで、その辺りが全く違う。

 彼は目覚めてから、ずっと―――これは―――そう、安堵の笑みを浮かべつつある。

 

「ああ、ああ―――。あんたって神さまだったね。じゃあ……っ、じゃあ。やったことないわけだ、人生を」


 転生に前向きな姿勢は、女神としては話が早くて助かる。

 ただ、それにしても―――この破顔は。

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