第48話 天井を見上げた刃 3

 諸法無我しょほうむが―――人間界のあらゆるものは因縁によって生ずるものである。

 現在二柱の神は霧崎わかちの因縁———原因と言い換えてもいい、それをのぞき込んでいる。


「合っていますよ―――彼女の過去映像です」


 常日頃そうではあるが、厳めしい口調である。

 カタスキーとカリヤが霧崎わかちの家庭を見下ろしている。

 本来ならばこの霧崎家の家屋、天井の位置に腰を貫いて、直立の体勢、状況である。

 あくまでここは記録なので、そのような法則は無視される。


 映像は進んでいる。

 階下で行われている不穏な作業に、神も困惑を浮かべる。

 カリヤは過去映像から状況理解に努めている―――一般的な家庭生活とは言い難い。

 霧崎わかちには―――現時点でわかる情報から考えるに……。

 

「薬が……必要なのね」


「生まれたばかりの頃から、じゃな―――彼女の人生は十七年であり―――、また病人としての歴も―――十七年、というわけか」


 なるほど、通常の人生とは言い難い。

 このまま病と共に過ごす生活をするならあり得ることだ―――まだ理解が出来る。

 カリヤとカタスキーは神である。

 あくまで本質は、世界管理の役割ではあるが、病気の人間など山ほどに見てきている。


 見るに忍びない過去である、そんな想いも湧く。

 彼も、人間界で起こる事柄に一喜一憂した日もあった―――だが神として長く世界の管理をするうちに、それらすべてに慣れてしまっていた。

 

 しかし妙である。

 どういうことだ、このベッドに寝たきりのような現状は―――違った、過去は。

 病気を治しているということは、もともとは身体が弱かったということに違いない。

 哀れな少女という立ち位置になりこそすれ、神に抗う存在へと成長するなどということはない。

 成長する彼女の―――そんな現状とは、まったく繋がらない。

 


 他に何か秘密があるのやも知れぬ。

 そう思うカタスキー。

 現在視界にあるのは、過去の映像。

 幼少期ですらない、乳児時代の霧崎わかち。

 今後、どのような紆余曲折があって、転生抵抗度第五位という馬鹿げた存在に至るのか。 


「病弱じゃったか……」


 そう言うことすらも、精一杯だった。

 言っていることに違和感があると、自分で思う。


「その後、如何にしてわれわれに対抗しうる力を得たのか、わからないが」


 歯を見せて呻く―――うんざり顔のカタスキーである。その容姿は悲しみに打ちひしがれたサンタクロースのようだ。

 プレゼントを届けに行った先がこのような光景だったならば、プレゼントの配布も中断せざるを得ないだろう。



 もっと何か生きる原動力、エネルギーを感じるもの―――特殊なトレーニングでもあったのかという前提思考があった。

 黒瀬カゲヒサなどはそれに近いのである。

 生まれた環境———それが因縁で原因である。



 ちらとカリヤの様子を見る―――彼女の考えは違うようだ。

 無表情を引き結んだ女神である。

 ……この女、人間に肩入れ、思い入れはあるのだろうか。


 いや―――彼女は役割に熱心だ。

 カタスキーはそう理解している。

 自分の行っている異世界転生の正しさを証明したいのだ―――それがカリヤの目標。

 冠位長としての目標。

 管理する最新の異世界———カシスオン界。

 カリヤ・プローナは今回、その実質的に最高責任者にあたる―――となれば、気合いの入り方も違うと言えるものである。


 兎に角。

 いまは幼い日の、生まれたばかりの霧崎の話だ。


「この神具は、重要な過去しか選ばないわ―――それでも、これがあの戦闘力と関係するわけじゃない――――別の何かがあってのことかしら」


 カリヤはこの過去を見る気を失いつつあった。

 興味が失せたわけではないが、問題は転生抵抗に関わること―――そのために神具を持ち出している。 


「ふうむ……」


 カタスキーは薬物の専門家ではないにしても、多すぎる投薬に思いを馳せる。

 髭の男神は虫眼鏡のような形状の神具を、眼前に出す―――そしてしばし病弱な少女を観察した。

 少女ですらない齢であるが―――生まれつき多くの薬に頼らなければならない、彼女に未来は訪れるのだろうか。


「んん……これは、なにか」


 え、とカリヤは顔色を窺う。


 髭の男神は虫眼鏡のような形状のものを持って、階下を見下ろしていた。

 この過去映像の世界では、対象の状態を知ることもできる。

 男神が首をスローモーに傾げていく―――。

 なにか困惑を見たカリヤ。

 神具の使い方で何か、おかしなことでもあったのだろうか―――カタスキーとしては珍しいことだと感じる。

 男神が叫んだ。


「なんてことだ―――健康そのものではないか!」


「……どういうことでしょうか?」


「そうじゃ、この幼い―――乳児時代の霧崎わかち、―――ということじゃ」

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