第54話 異世界転生アンチの人たち

 それは前回と同じファミリーレストランで実施された。

 カイとは初回、霧崎わかちとは二度目になる会合である。

 いやはや―――意外にもあっさりとセッティングされた会議だ。


「異世界は実在する」


 言いながら、俺と霧崎の前でサングラスをゆっくりと外した。

 そうしたら、とんでもないイケメンが現れたとか、そんなことは無く―――顎周りにヒゲがいくらか残っている、人の良さそうな普通のおっさんだった。

 少しふざけているような表情に、それは見えたが。



 高校生からすれば、肌のごわごわとした感じなど、やはり年を食っているように見える。

 そして古着を重ねたようなファッションは相変わらずで、それは手紙にあったように、着なければならない変装の類のものらしかった。

 ならばそれ以上ツッコミはしないが。

 俺も、ファッションセンスに自信があるわけではない。

 着飾っている忍者がいたら、それは忍者ではない。


 黒瀬はテーブルの木目を見ていた。

 最初に視線を落とした理由はなんとなくだ―――しいて言えば、周囲からの視線が飛んでくるのではないかという想いからだ。

 恥ずかし。……カイは気にならないのだろうか……。

 高校生の男女と、着崩した服の……おじさん?という絵面だ。


 ドリンクしか乗っていないテーブルには掻いたような傷が入っているが、こういうものは自分くらいの年代がシャープペンでつけてしまったりするのだろうか。


「聞いているかい?」


「聞いていますよ―――女神どもがここまで言ってきて、でも異世界が無かったりしたら、すべて出鱈目ってことですからね。そこは信じるしかないでしょうよ……」


「うん」


 しいて言えば大量殺人鬼だが―――神の力があって、あれをやるのが、なんというか。

 やはり違う気がする……まともな人間の感覚ではない。

 あれが神か。


 違う世界で生まれてもらう―――これが女神の目的だというようなことを言っていた。

 カリヤという壮年の女神(何歳なのだろう)。

 手紙からのニュアンスでは、俺に異世界で活躍してほしいというような内容で―――俺はそれを踏みにじっている。


「ボクは、なぜこんなことをするんだ―――と冠位長カリヤに尋ねた」


「!」


 俺は努めて表情を変えずにいた。

 カイは、あの銀髪女神についても知っている……確定だ、こうなると。

 女神協会の者を知っているということは、カイという男、女神と本当に会っている。

 ただの野次馬ではなく女神からの襲撃に遭った者か、それの関係者だろう。


「早急な転生を望んでいるようだね……人の生き死にはあまり頓着がないらしい」


 ああ、わかってます……重々承知ですよ。

 そんなに望んでいるなら行ってやってもいいが……そうだな、例えばあと六十年くらい後に、考えはじめようかね。


「生き死にには興味がなく……そして、それよりも重大な、深刻な、か……目的があるらしい」


 かちゃん、とティーカップが少し音を立てた。

 霧崎がホットコーヒーを自分の口に運んでいる。


 生き死によりも重大な……?


「そっ……それは一体?」


「ボクも聞かされていない」


 がくり、と下顎が落ちる―――開いた口が塞がらない、をそのまま実行する。


「ただ、この世界も元はと言えば神々が創ったものだ……ボクらが住んでいる場所は彼女たちのものなんだよ」


「カ、カイさん……あんたは何が言いたいんですか? まさか連中の肩を持つ気ですか」


 黒瀬がさん付けで不審者を呼んでいるのは、年長者だからではない……できるだけ丁寧に接すれば情報が引き出せるという考えからだ。

 しかし、もうやめようかなと思い始めていた。

 まさか女神の味方……?

 しまった、可能性の一つか―――知っていたっていうのはこういうことか。

 カイも同じスパイだったのか、忍者おれと!


「———いいですか、私は」


 ここで初めて口を開いたのは、俺より頭一つ低いがゆえに存在感が薄い女子。

 足裏がしっかりと床に接地していない―――霧崎わかちだった。


「女神の弱点を頼んだつもりだったんだけど……そうお願いしなかった? 黒瀬くん」


「あ、ああ……」


「女神退治。 ……もしも有効な手がないって言うんなら、私はもう結構よ。この場にいなくてもいいでしょう」


 ご機嫌を損ねたらしい。

 無理矢理に、というような感じで会わされたこの大人は何だと、言いたい気持ちはわかる。

 そして……俺が怒られているの?

 ええい……こんなのばっかだ、俺の人生。

 そこで俺はいったんカイを放置し、それなりに―――キレ気味でいらっしゃるかもしれない霧崎と話すことにした。


 女神の転生ゲートと指輪の話である。

 そうしてカイは情報提供者なのだということは、彼女に伝わった。

 絶対に彼女の役にも立つはずの敵情報だったが、どれほど喜んでくれたかは表情に、あまり出てこない。


「わかりました―――他には?」


「他には! ははは、攻めるねぇ!」


 俺と話すときより表情豊かになった気がするカイである―――ううむ、気に食わない……。

 そして、落ち着け俺……カイの口が軽くなりそうなことはメリットだ。

 しかしアレだな、この男を前にすると精神的に不安な自分がいる。


「まあ落ち着いて聞いて欲しい……敵を知る。 ここが大事なんだ、焦って一部の情報だけを知っても、困るだけだぞ」


 令和忍者も言い返せない―――イライラはするだけ。

 敵の情報を知る、か。

 確かに全容が知れればいいが、そううまくいくのか、この世の中。


「女神と異世界について知るべきだ。そうしてきた結果、女神たちの狙いがわかってきた……すべてではないけれどね」


「連中の狙い……」


 ―――その世界では魔法や理外のモンスター、そして神の加護。たくさんの冒険が、あなたを待っています。

 などと、随分と良い点を、女神から送られた手紙には書かれていたが。

 色々と、違う都合で動いている世界らしい。


「……そう、現行のこの世界とは明らかに違った世界観」


 違っていても異なっていても仕方がない、と彼は言う。


「黒瀬くん。連中が今、大半の人間を送っているその異世界はね―――人間と神が共存する世界なのさ」

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