第13話 新人女神、ブロンディ


 跡形もなくなり、煙状となったブロック塀の灰粉塵が消えて晴れていくにつれ、白い羽衣を纏っている女神の姿が露わとなった。


 興奮で開ききっている目と、やや引き攣り気味のある口元。金髪を垂らしているが―――発条ぜんまい状にカールしたポニーテールが巨大だった。相手を威圧するためという意図も含まれているのでは、というような毛量である。


 初めて御目にかかる輩ではあるが、その意図は今までの連中と変わらないようだ―――異世界転生のみ。

 異世界転生、というよりも人間の人生に関して、全権が己にあるかのような振舞い。

 図に当たる展開である———、毎度毎度、手を替え品を替え女を替えて、ようやるわ。

 自己紹介を済ませた女、いや女神は胸に手を当てて宣言した。


「異世界転生! ……お手紙に目は通されましたでしょう?」


 腹式呼吸を全力で行っているのだろう、こんなハキハキと話し出すとは、響き渡る声。威勢のいい声。

 お手紙に目は通したよ。そして通しただけだ……。


「本当さぁ、アレなんだよな、お前ら―――生きている俺に興味が無いのな?」


 黒瀬は元々小さかった目を細めてうめく。

 近場の、杉かなにかの樹からワイヤーを垂らしつつ、捕まっている。ケガは今のところ無しである。


「とぉんでもございません! しっかり元気に長生きしてもらいますわあなたには!」


 まったく女神の連中は、意見の固持が固執が、ブレていない。

 ブレないし頑丈な銀色フロントバンパーのトラックが待機している。

 カッ、とその天板に踵を打ち鳴らした襲撃者ブロンディ。


「ただそれは叶わないでしょうね! このわたくしが! 生まれ変わってからの素敵な人生に案内して差し上げますわ!」


 ワイヤーのヨレで勝手に向き直る黒瀬———。ブロンディと名乗る女、いや―――女神か。新たな女神。


「カゲちゃん!やっちゃってよ!」


 電柱の影から声が飛んできた。どうやら彼女も無事らしい。


「黙って……いいから黙ってろお前は!」


 本当、頼むよォ、と根暗男子は渋い顔をする。

 話し合いが通用しない相手である以上、スズは喋るな。それこそ、忍びよりもおとなしくしてもらおう。





 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 女神協会、異世界転生―――大水晶前。


「『新人』が行ったか」


 ケーオが画面を見て言った。ユサユサと、その赤い髪が揺れて動いている。考える葦ではないが、何らかの植物に見えるというのはフロスの想いであった。

 ブロンディの参戦(?)は異世界転生課の面々から見ると、当初の計画からは外れたものだった。

 予想を、彼女が独断で覆した形である。


 ケーオはあいも変わらずに愉快そうではあったが、内心は困惑が大きいようだ。心の底から喜びはしない。展開の理想としては自分が行きたかったのである。

 

「ちぇー、速いねえ、まあバタバタするだけだよ」


 最終的には呆れるだけであった。


度外どはずれなお馬鹿さんでありんす―――クララの時と変わらないようにみえます―――何が出来ましょう?」


 長袖で口元を隠すフロスなどは、あからさまに不満を口にする。その長袖が枕ほどのサイズもあって邪魔そうだなと、ケーオは常日頃から思っていた。

 彼女は袖の裏で口元を隠し、静寂を求める。表情は冷めていた。

 

 確かに、画面内で高らかに笑うあのカールポニテ女は女神の中でも超新人であった。

 新人にして新神。まだ威厳もない―――転生者としての役割も果たせるようになって間もないだろう。


 黒瀬から見れば、どの女神も同じような目的、存在にしか見えないが。路上限定ではあるが襲ってくるから備えて、現れたら潰す。

 どいつもこいつも同じに見える―――そういう考え方を持たない女神たちであった。


 そうだ、威厳も何もないからこそ、黒瀬を引かせるための言動なのかもしれない―――。それがどれほど効果的なのか、定かではないが―――そういった虚勢は張ってみるのも、よいだろうか。


 新人は電光石火のフットワークのみで、今あの場に立っている。

 ただ、あの場に立てたのだろうが……あの場に立てただけでしかない。立った後、どうする―――周りに差をつけたわけでもない。


 ちらりと周囲に目を回せば、ニイルが椅子で自身の爪と筆を交互に睨んでいた。

 アタシの番になったら読んで頂戴―――くらいの心境である。

 局外きょくがい中立の立場を見せている―――ええい、他人ごとか。


「まあいい! どうなるか見てみようじゃないか」


 言ってみたケーオ。兎にも角にも、今回は観戦勢としてふるまうことに決めたらしい。


 大水晶の画面の中で、黒瀬は手首を動かし、ワイヤー操作……樹上との接続からフリーになった。


「あとは次第だな」


 そんなケーオの発言……その意図は、袖長女神にもすぐにわかった。


 転生技能エンジェルアビリティについてである。

 あの新人、いや新神に勝算があるとするならば、彼女の女神としての特性か。


 ブロンディ・エピシミーヤ。

 彼女のことはフロスも、冠位長から聞かされていた。

鐘軤しょうこ〟の女神。

 その性質は―――。

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