第12話 神から送られし手紙 2

 女神からの手紙。

 今は女子生徒の手元に収まり、日光に透かしてみたりしている。まだ夕焼け空には早い時間帯である。

 まじまじと観察する鈴蘭。


 身振り手振りはともかくとして、表情が豊かなものである。黒瀬と比べたら、であったが。


「これが……女神さまからの手紙なんだね」


 見せてと言われたので彼女に見せたのだが、本来、手に入れた『敵』の情報を誰にでも渡すようなことはしない黒瀬ではある。ただ、ここは共有した方がいい。情報の共有。

 人命はがっつり掛かっている事案である。

 共有しないと死ねる。


 注意の喚起。必要なことだ。鈴蘭―――お前も気をつけろ。本当に彼の本心であった。別に何の脚色もない。現在は渦中にある黒瀬であるが、鈴蘭かすみが神に狙われない保証も、また無いのだ。


「すげーよな、コレ。できるだけ俺らの世界に寄せて、寄せようとして丁寧に言葉を重ねてるっぽいけど、『死ねよ』っていう内容なんだぜ?」


 結局はそういう内容だった。

 手紙の文字が自分よりは字が上手いからだろうか―――不機嫌な黒瀬である。


「きょ、脅迫状なんだね……!」


 神からの脅迫状、な。と黒瀬は嘆息する。

 これを書いた作者の気持ちを答えなさい―――である。なお、作者は人ではないものとする―――。

 忍者が陽の目を見ないだと?

 そのための忍者だっつうの、夜勤が得意なんだよ―――。


 向日性こうじつせいは持たない職業である―――もっとも、黒瀬はまだ学生である。働くのは、まだ本格的ではない。

 父親の手伝いをしたことがあるのみだ。


 父親は自身の仕事のことをあまり語らない。まあ息子にすべていう必要などありはしないのだが―――。ちなみに今その父は、海外で働いているのでそもそも会っていない。


さて、手紙はここまでで終わりではなかった。しつこい女神どもである―――。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





 ―――私たちもあなたの抵抗に対し、本腰を入れて対応しようと、確かな実績を持った何柱かの女神が転生に意気込んでいます。


 いかがお過ごしでしょうか、と言う言葉も選んで書いております。

 なぜ私が貴方たち人間に合わせてここまでやっているのかーーー理解に苦しみます。


 いかが、ではなく、いつまで。

 過ごしているんでしょうか?

 ねぇ。そんな世界で、いつまでお過ごしでしょうか。


「うるさいな。俺は死ぬまでは生きてやる......」ぼやくカゲヒサ。

 

 話は緊急性の高い方へかえますが、私たちの中で予想外なこと、ちょっとしたイレギュラーが起こりました。

 予定とは異なる事態です。


「ああ……これは......」


 黒瀬の中のテンションがダウンする。———お前ら今まで、自分の行いをノーマルだと思っていたのか?普通だろみたいなことを、

 お前らの全てが予想外だよ。最初っからだよ。


 とある女神がそちらに向かっています。予定とは違う子、メンバーです。はたしてあなたを異世界に誘うことができるか、確信は持てません。

 電光石火の行動力を持ち、やる気に満ち溢れた子です。彼女もまた、異世界転生課の一員、転生の素晴らしさを説いてくるはずです。


「……え、じゃあまた来るんだ」


 鈴蘭はぱっちりした目をさらに丸くして、言う。内心を打ち明けると、手紙が神から届いた時点で、転生をやめる、俺をあきらめる可能性もあるーーー。ちょっとだけ期待していた過去の自分もいた。


 黒瀬は相も変わらずウンザリ顔で手紙の最終部分を読み上げていく。眉間にシワ寄せるさまは働いている社会人レベルかもしれなかった。

 苦労からの苦労。


 一応、車道への注意を続けていた―――心配事に備えている。

 手紙をしたためる女神———急に戦法を変えてきたと思ったが、やることはまるで変わらん。

 ああ―――手紙ではなかった、脅迫状を、ね。


 ———とても活発で元気のよい女神があなたを転生させようと意気込んでおります。ですので、近いうちにそちらに向かうと思いますので、よろしくお願い致します。彼女の名前は、



 ―――ビシッ。



 読み上げていた黒瀬は眼の端で捉えていた。

 

 歩道を歩いている自分のすぐ右側、コンクリートのブロック塀に、蜘蛛の巣のような亀裂が生まれたのを。


 灰色の粉塵が噴出した。直後に爆発散開、飛散するコンクリート!


 銀色のフロントバンパー、回転する黒タイヤ、ブロック塀と接触し、しかしヒビ一つ入っていないフロントガラス。

 異世界転生用のトラックが、砕かれた壁から出現した!


「お初に御目おめにかかりますわ黒瀬カゲヒサさまぁ―――ッ!!」


 南国の鳥のような声が響き渡った。カン高い声だが、それ以上にうるさいのはトラックが灰瓦礫をガンガン砕く音である!


 当の黒瀬は近場にあった松の木からワイヤーを垂らしてぶら下がっていた。その表情は掃除当番を押し付けられた時のようなものである。

 鈴蘭は電信柱の影に隠れて見守り。避難の体制だ。


「わたくしッ!! 異世界転生課から参りました! ブロンディ・エピシミーヤ―――ですわ!」


 自己紹介を済ませた女、いや―――女神。

 爆散するブロック塀によって姿はまだ煙の中だが……。

 きっと得意なんだろうなあ、大層たいそう得意なんだろうなぁ―――異世界転生が。

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