第39話 調査する者たち 2

 

 ボクはその、座った熊のような男と話している。

 部屋は物が多く、狭さも感じるが、椅子は立派なものだった。彼の巨体に対して負けていない頑丈な作りである。

 

 この部屋はこの近辺に出向くとき、よく立ち寄る場所だった―――ボクが安心できる数少ない居場所でもある。

 もう、よく知った仲ではあるけれど、友人とは違った間柄である。

 女神を出し抜くための、同盟と言ってもいい。

 そして轢き殺されないための。


「着替えない? いくら私でもね、貸す服くらいはあるんだがー?」


 熊のような男が間延びした声をかけて来る。

 その目元は柔らかい、フレンドリーな態度ではあるが、まあ状況が状況なので緊張感も保ちたいなどと思う。

 ボクの長年の友人である、引き篭もりの男性……おっと長年ではないか。


「ボクはこのままでいいから」


 少しはっきりとした口調で言う。

 それで彼も、何やら訳ありだということに気づいたらしく、しかし質問をしないで、話を続けてくれた。

 ……女神と渡り合うには色々ある、ボクはもうお尋ね者であった。


「何気に強情だな、キミは……話題を消さないで欲しいなあ、もう、女神あいつらについては言うこと、残っていないよ」


 ボクが彼にしておいた頼みごとについて、話してくれた。

 彼はモニターを眺めたあと答えていく。近年の状況、異世界転生の活発化、事は日本に限らないということ。

 そしてそれら全部を、もう話しつくしたこと。

 ……と、考えると、なんだか僕が脅して吐かせたような印象だが、彼は元々、自分で女神について調べていた。

 トラックの襲撃に遭わなくても、そもそもこの部屋からで歩かなくなっても。

 

「……交通事故の件数はむしろ減っているから、確定だねー。だよ」


 交通事故は警察が確認するものである。

 よりいうならば、、交通事故として記録されない。

 おそらく多くの事件は、目撃者すらもいないのではないか。

 ケガ人も死者異世界に飛ばされてしまっては何も立件できない。

 バンパーが凹んだ事故車両もない。

 こうなると確認なんて、出来るはずもない。


「神のみぞ知る―――ってことだね」



 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 ひと段落した後、熊のような男は、ずっと何ごとかを何かを話し続ける。

 ボクはぼんやりと、少し夢うつつだった。

 最近は随分と歩き回っていたことを思い出す、身体を休めるのは必要だ。


「ハハッ―――イノウラィ? ノットクァイ! アー……」


 画面越しに、彼は随分と盛り上がっているようだ。

 ボクはなんとなくその様子を眺めていた。

 冷めたお茶をすする。

 時間がたっても、いやな風味はない―――きっといいものを飲んでいるんだろうな、普段から、などと思う。


 それで、何の話してるのかな。


「今期のアニメの話してた」


 おいっ。


「カイ、キミにも情報提供してくれている人なんだよ、仲よくしないとね~!」


 また画面に向いて話している。

 ボクは置いてきぼりにされている形ではあるが、彼にとって信頼に足る悪友であるらしい。

 彼は海外の友人と話している。

 彼と話せばだいたいの全容がわかるのが、非常に助かっている。


「若い行方不明者が急激に増えている」


 意を決したように真面目な声色になるが。

 おちゃらけた部分も持つ―――マジメな雰囲気作っているんじゃないのか。

 難しい心境だ。


「女神の話さ。今していた話だけどね……うーん、簡単に訳すと、あいつは神の国がどんなものか、自分で考えてるんだって。 天国にはスマホがないよと言ったら、だいぶ迷っていたけど」


 随分とまあ、色々と考えるものである、死ぬ前から。

 死んだら終わりではなく、『そのあと』があると知った者たちは、それも含めて人生設計をやりだす者もいる。

 正確には天国じゃなく、異世界に行くんだけどね。


 「うん、うん―――、しかしこうなってくると、カイ、いよいよ君の話に信ぴょう性が帯びて来るぞ―――


 そういわれてもボクは、少しも誇らしい気分にならない。

 女神の異世界転生について理解を深めたとしても、止めようがない、現時点では。


「異世界は実在する……!」


 そこにも人類が存在していて、社会が成り立っている。

 異なる世界への魂の移動、管理は、大昔から行われていた。

 生まれ変わりがあるという概念だけならば、人類ですら気づいている。


「これはいい。問題はその、規模とペースだ。近年は異常だよ。ちょっとくらい隠す様子すらもない……こうなってくると、奴らの真の目的について、キミの仮説が正しくなってくるね」


 ボクは沈黙した。

 彼の言う、仮説は仮説ではないのだ―――真実だ。

 ボクは女神のことを知りすぎた。

 知りすぎたことに、後悔もあるのかもしれない。


 もっとも彼も、とても一般人とは言えないレベルなのだが。

 女神の動向を逐一チェックしている彼曰く、異世界転生トラックについても、変化があったようだ。

 目撃されたデザインが変わっている。おそらくだが、より異世界転生向けへのバージョン・アップがされているらしい。つい最近も、主に国内で変わったと言っている。


「ところでそっちはどうなんだい? 会ったんだろう?」


 今度はボクに質問をはじめたようだが、意図を掴みかねた。

 あった?何かあった。

 最近も色んな事があったので、何の話かわからないのだ。

 何処で起きた話の事だろう?


「例の忍者クンだよ」


 会えなかったのかい、と振り返る熊男。

 顔自体は優しげで、誰からも近づかれやすいような雰囲気の男である。

 もう少し外出できればいいのに、この男。

 ……さて、令和忍者についてか。



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