第37話 楽しみは後に 2


 ―――女神協会、大水晶前。

 銀髪を整えてある冠位長はわなわなと震えていた。


「なっ……! なんなのあの女は」


 黒瀬カゲヒサともう一人の少女を目の当たりにして、愕然としている。

 外見だけで言えば黒瀬よりも年下に見える。

 そんな小柄なショートカットの少女に、あのケーオがやられるなんて。


「カリヤ、報告があった。いま水晶に映ったのは『S級の5位』———霧崎わかちという少女だそうだ」


「ごっ……ごぃ? 5位とは!?」


 男神は自身の白髭しろひげを指でなぞりながら考え事をする―――なかなか応えない。

 神界で定義されている転生抵抗度には変動も在り得る―――人間界だけでない、諸行無常が世の常である。

 だが、それにしたって、こんなことが頻繁に起こるはずもない。

 


「だから……S級の5位じゃよォ……現存する人類で唯一異世界転生用トラックの『切断』を行なえる少女じゃ―――」


「現存する人類? 過去にも未来にもありんせん―――あってたまりんせん」


 フロスは―――横で見ていた袖長の女神は目を細める。

 切断て。

『S級』が黒瀬カゲヒサ以外にもいるのは周知の事実であったが、彼女にとっても初耳な少女である。

 ケーオのことは確かに好かなかったが、簡単にやられるような存在ではなかったはずだ―――あの芸当はどうやっているのだろう。

 激昂し続けるのは冠位長。


「ケーオが! ……彼女には伝えていないのですか!? ケーオのことは知っていますね? 簡単に帰ってこれないのよ、あの子は!」


 無言。沈黙の男神だ。


「……何とか言ったらどうなんですか! 知っていたなら事前に教えるものでしょう!?」


 歯ぎしりしそうになりながらも詰め寄るカリヤ。

 それに対し歯切れは悪い男神———委縮しているわけではない、ただあの少女のことを知らないだけ、詳細は存じないだけのようだと、見て取れた。

 精解するには、知識が不足しているようだ。

 カリヤに対してというよりも水晶に移った映像に対して困惑している。


「いや……報告は受けたばかりじゃし、いるわけないじゃろ、こんな人間……」


 いやまさか実在するとは。

 彼は首根っこをカリヤに捕まれて、がくがくと揺らされている。


「えええいっ! いいんですよ言い訳は!」


 ケーオが撃退されたことへの驚きは冷めやらなかった。

 フロスでさえ、それ以上に人間の少女から圧倒されたという点、次は自分があの少女を何とかしなければならないのでは、とわずかでも考えることが不快である。

 そうして心胆を寒からしめる神々であったが、これからどうなるか―――。


「異世界転生、一筋縄ではいかぬのう―――何筋の縄なのじゃろう」





 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 黒瀬カゲヒサは、高校に向かっていた。

 兎にも角にも、翌日だった。

 異世界転生の女神、炎の神にして炎の髪、ケーオ・フィラメントは退けたものの、異世界転生全ては、未だ稼働中だ。


 女神は終わっていない。

 そして、新たな問題もある―――ひょっとしたら問題が大きくなっただけではないか?

 解決していない、多事多難な状況だ。


「それってクラスうちの霧崎さんのこと?」


 朝の陽光を受けたポニーテールをすすっと揺らし、鈴蘭かすみは目を丸くする。

 彼女の歩幅は大きい、と感じたことの多い黒瀬だ。

 もっとも、それで黒瀬が気分を害することはない、俺の幼馴染はスタイルが良いと思っておこう。


「ああ、そのお陰でケーオ……また、女神が来たんだけどな、倒した」


 正確に言えば倒すことが出来た、というか。

 想い出せる限りの顛末を話した黒瀬である。

 もちろんこれは武勇伝などではなく、注意の喚起である。


「無事でよかった……昨日はごめんね……行けなくて」


「なんでだよ」


 鈴蘭を巻き込むことを、元より強要はしない―――仕方なく成り行きで手伝ってもらいはするが。

 炎の女神かぁ―――と感慨深そうに呟く鈴蘭。

 幼馴染の無事を喜んでいる様子である。


「危なかったけど生き残ってよかった―――やっぱりロリコンだったんだね、カゲちゃん」


「ああ、今度ばかりは、ついに転生しちまうのかと…………それはいいだろ」


 やっぱりってなんだよ。

 内心せせら笑ってでもいるのだろうか、と幼馴染の顔色をいま一度窺う黒瀬だ。

 鈴蘭は普段通り、自然な笑顔を纏っている。


「けどよかった、霧崎さん、かあ。 彼女、優しいんだね」


 いやいやいやいや―――、だからそんな明るい話題ではないんだ、と黒瀬は顔をしかめた。


「人間じゃないんだ、人間技じゃないんだ……あのな、言っとくがこれは本当に、心配をしてだな? ……言っているんだ、霧崎さん……は」


 言い方を思案する―――あの少女との交流はほぼないのだ。

 クラスで挨拶の一度くらいなら、したかもしれないが―――それだって別人なのではないかと思い至る黒瀬。

 その方が自然というか、常識的ではある。

 信じるよ、と鈴蘭は自分の、幼馴染としての立場を明確にした。


「カゲちゃんがウソをついて何の得があるの? ……霧崎さんねぇー?」


 誰にでも言いはしないが、情報は共有する。

 情報収集、諜報を目的とする忍者である黒瀬は、脅威を感じていた。

 霧崎わかち。

 女神を撃退した戦闘力を持ちながら、その全貌は謎に包まれている。


「カゲちゃんはどう思うの」


 どう思う、と聞かれたところで色んな想いが溢れた黒瀬であった。

 ぶっちゃけるならどう思えばいいかわからない、というのが一番近いが。

 あんな規格外と同じ教室だったのか、という様な心持ち。

 自分と鈴蘭の無事を、これからの無事を祈ることしかできない。

 女神を撃退した戦闘力、彼女が味方……味方かどうか、はっきりとわからない。

 見方がわからない。


「そうね、カゲちゃん―――あまり力にはなれないと思う」


 優秀な幼馴染ではある鈴蘭だが、言いにくそうにした。

 霧崎と親しい女子同士、というわけではないようだ―――その辺りは、黒瀬もある程度わかっていた。

 彼女がよく話している友人くらいなら、黒瀬の記憶にも残っているはずだ。

 そして霧崎と話していたシーンなど、記憶にない。


「霧崎さんかぁ」


「スズ、何とかお願いしてほしい」


「私が?」


「女子同士なんだからつまり、ハードル低いだろ」


 コミュニケーション、交流を得たい。

 元々は、霧崎には近寄りがたい黒瀬であった―――しかし彼女を無視しての対女神戦は今、考えられなくなっている。

 より正確に言うならば、まだ味方かどうかもわからないので心配、ということだろう。

 敵の敵は味方、ではあると思うが……思う、の域を出ない。


「実は私も話そうとしたことはあるんだけどね。 彼女、仲よくしようとしないの」


 鈴蘭の霧崎像も歯切れが悪かった。

 クラスメイトと並んでいる様子を、見かけない―――徹底して、いや意図して一人であるらしい。

 かつて同じ小学校中学校にいた者がクラスに少ない、くらいの理由はありそうだ。

 それならば黒瀬にも共感は出来る。


「なんだ、陰キャかよ」


 なかーま発見。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る