第35話 霧崎わかち 6

 空中から見下ろした女の顔。

 いや、人間の女ではない、女神。

 

 顔立ちが整っているほどに、驚きの表情が際立つのではないかと霧崎は思う。

 連中は表情が豊かだ―――人間よりも人間味があるという印象すら、ある。


 霧崎は、先ほどまで血圧の上昇を感じていた。

―――額の横が熱い。

 自分なりの全力疾走に、この女神、おびえた様子はなかったものの足を止めている。

 私は自分が死なないためになら、手段を選ばない。


「たくさん殺してきたはず———よね?」


 女神は殺してきた、女神こそが、殺してきた。

 異世界転生を繰り返すうえで。

 恐ろしい話のようにも聞こえるかもしれないけど―――神であることを思えば、なにをやっても不思議ではないのかもしれない。

 人の生き死には天が決めるもので、私たちは選べない———。

 元々、思い通りにやってきたのだろう。


 それが神だと女神だと———知っていた、気はした。

 全ては神さまのおぼし召し。

 

 炎上髪の女神に、鉄板を振り下ろす。

 上から、包丁をそうするように圧し切るつもりだった。

 白く塗装された、鉄の塊を振り下ろす。

 反動は思ったほど感じなかったけれど、命中あたりはした。


 直撃だけど、こっちも、慣れてやっている行為ではない―――上手くいかなかった。

 全霊の攻撃は、肩の辺りに当たったようだ。

 眼下で髪を振り乱した女神―――もっとも、元々振り回されたような妙な髪型をしていたけど。

 髪型と、簪の量が異常。


 人の生き死にを決める、神。

 それには抗えない―――基本的には。

 たまに、起きる程度で。

 私がその例外を起こしてみるのも、あり。

 なのかな―――私はそんなふうに思うだけだった。


 昨日も違う女神がやってきたが、そうして撃退した。

 別に誰かが助けにきてくれるわけではなかった―――そして、あと同時に、自分が自分を助けても、良かった。

 この世界は、そんな世界のようで―――今はそんなふうに思っている。

 今のところ生き延びることが出来ている。


「…………ッ!」

 

 声を出さず口を開け、よろめいた女神。

 鉄板には反動を感じている―――体勢が崩れたのは私も同じで。

 一度トラックのうえに着地した。

 炎上頭からは、目を離さないようにしながら―――霧崎は考え続けていた。

 やはり人間ならば致命傷となるような攻撃も、耐えるらしい。


 何よりも、この炎上髪女神―――言葉すら発せないような痛みの中ではあるようだけど、まだ転生を諦めていないようだ。

 よほどの―――いや、よほどの何が、彼女にそうさせるのかわからないけど。

 女神の指に小さく巻かれた指輪、それが光った。


 そこで私は、少し目を見開く。

 純粋に驚くような光景があった―――クラスメイトが、炎上髪の引き攣った顔の背後に、見えた。

 黒瀬くん。

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