第52話 カイからの手紙 2


「なんだこれは……」


 黒瀬家、自室。

 思わずため息が出る黒瀬———不審者、本名(?)カイ。

 名乗りをあげた不審者。

 甲斐かいか、それとも魁人かいとだろうか、本名であるという保証はない。

 そのあたりは令和の世の中では真っ当な個人情報管理である。



 さて、手紙は読み終わった俺だが、何かメリットあるのかーーー黒瀬カゲヒサは思案する。

 女神と、おそらくはPTAにも目をつけられるであろう彼。

 女神と関わり、いろいろ事情はあるらしいのはわかった。

 だがそれでも不審者ではあるし怪しい人ではある。

 そしてもっとそれにとどまらない恐れも―――そう、悪人であるという可能性はあるのだ。


 ……いや。

 指輪か―――。

 不信人物、カイの手紙。

 一定の信頼は置ける―――置けてしまうのだ。

 間違いなくカイは、女神と相対したことがある―――少なくとも、転生現場に居合わせたからこその話題である。

 俺もまた、女神の指で光る指輪については気づいていた。


 

 敵の敵は味方———の理論。

 女神から逃げているという話は信憑性がある、か……。

 カイという不審者———会えばメリットとなり得るか。


「怪しいなっ」


 言って、自室のベッドに背中から倒れ込む黒瀬。

 くふっ、マットレスに全身を預け、かすかな吐息を吐きだす。

 本心ではなかった。


 ただ、令和忍者としての立場からついに声に出てしまった。

 人を疑うことは、生きるために必要である。

 特に黒瀬のような人間にとっては。



 教室で数週間分の話題になり、よりにもよって直々に家まで会いに来たあの不審者。

 どう見ても警察の案件ではあるが、完全なる悪を感じ取ったわけでは、ない。

 神に襲撃されている時点で手一杯だ、他のことなんて考える余裕などない。

 命の危機にあるという状況において、可能ならば鈴蘭にすら頼るのは控えたいという考え方である。

 陰キャは自身の単独行動に、それにのみ絶対の信頼を置く。



 ただ―――さて。

 試してみるか。

 そう思い、その日は眠りについた。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「ええっ―――じゃあ、カゲちゃんと同じじゃないのっ!」


 翌日、登校時に鈴蘭に事情を話したら、大きな目をさらに大きくしてのけぞった。

 彼女もまた、女神の襲撃に積極的に対策する心づもりだ。

 不審者が、ただの不審者ではなく女神からの逃亡者だと知り、少しばかり顔色を曇らせた。

 事態がややこしくなったことは伝えておく。



 通学路が九割がた一緒であるふたり―――別にわざわざ避ける道理もない。

 厳密に言えば、思春期に差し掛かった頃から、黒瀬は気恥ずかしさを感じていた―――避けようとはしたのである。

 いつもべったりだとクラスの男子に思われたくない。

 あとは、黒瀬にも同性の友達と並んでいたいという感情くらいは、当然あった。

 だが家が見えるレベルのご近所なである鈴蘭は、これはもう仕方がないのだ。


 ただ、どうしようもなく、誰にも話せないようなことでも彼女になら話せたりするのだった。


「じゃあお話しできることは全部お話しちゃおうよ。そのう―――カイさんから」



 まっすぐ正攻法なことを言ってくる。

 何も問題ないでしょう、と。

 黒瀬ならば、聞きだせるものは全部絞り出せ、と口走りそうなところではあるが……。

 お話とは———警戒を解く言葉ではある。

 カイと話す……確かに、このまま高校生のちからだけでやっていくのはジリ貧か。

 いや。

 手紙を読んだ晩に浮かんだ策がある。



「スズ―――最近、会った女子で、一人———女神の情報を欲している奴がいる」


 そう言った瞬間、口走った瞬間、鈴蘭は目を丸くした―――。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る