第10話 鈴蘭かすみと、愉快なクラスメイト達


 黒瀬カゲヒサの同級生で幼馴染。

 それにしては友人が多い―――男女ともに、分け隔てなく接するタイプであった。

 彼女曰く、「ちゃんと挨拶してるだけだよー、名前読んで挨拶ね」とわらう彼女だったが、黒瀬のような日陰者にはわかる。それが出来ないやつは結構いる……。

 笑顔?それなんか意味あんの―――と思うのが黒瀬という男子性質である。


 ぱっちりと開いた眼で笑顔を向けられれば、たしかに男女共から愛されキャラになるのかもしれない。

 鈴蘭かすみ。

 勉強の話など、女子から頼られるところを目撃されている。

 机に座る彼女を囲み、王に陪従ばいじゅうする付き人を連想した黒瀬だ。

 女王か。


 成績も良いことは黒瀬の知るところであり、教師たちからもすこぶる贔屓されている……いや、そんなことはないか。

 そんなあからさまなことはしないものの、真面目な生徒だという印象を与えていた。


 クラスのどの生徒にも分け隔てなく接するのだが、それがまた鼻につく。

 生徒に少数いる、斜に構えた者からすれば、「何か裏があるんじゃないか」との意見———まあスルーの対象内である。


 裏ーーー警戒を日常とする黒瀬からは、まあ一定の理解を得られる意見ではあったが。

 将来は忍者———もっと一般的(?)にいうならば密偵スパイになるように、という教育を施されている黒瀬カゲヒサである。

 疑いを知らなければやっていけない闇の住人であった。

 


 かといって鈴蘭かすみのすべては派手な動行では無いというか、主張控えめで冷静沈着なところがある。

 完全なる優等生ではないところがポイントである―――体育などではドジ踏んでいる。

 派手でないこと、目立たないこと。

 密かなる有名人を気取っている、と幼馴染ながら思う。


 地味で隠れているような存在であること……そのあたりが忍者たる家系の黒瀬が、少し好感していた部分である。

 好感というか、それが黒瀬の中でのスタンダードなのだが。


 まあ彼女のような女子はいるだろう。それくらいいるだろう―――。そのような認識がクラス内ではある。黒瀬からすれば、あんな人間がいてたまるか、と思える性質も持ち合わせていたがーーー。



 問題は、関係性かもしれなかった。

 黒瀬とは幼馴染。

 そのため脳内で解説というか、理解者であるとか、詳解できる数少ない人間になっているのだった。

 家が近いために、必然的に下校ルートは同一となる……。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「アアアッ!」


 クシャクシャとした頭の男子が、ふいうち声をあげた。


「どうした、脇村わきむら!」


 キノコ状の黒い髪型で、両目が見えない男子が聞きかえす。


「い、いいいいま! 黒瀬の顔に近づいて」


「なにぃ!」


 首だけをキングギドラのごとく電柱から露出させる三人の男子生徒。

 黒瀬と鈴蘭が、付き合っているのではないか、と考えて、一度後をつけようという話になった者どもだった。


「くっそー黒瀬が、あいつ自分のことずっと陰キャだからって言ってたのに、口癖かっていうくらいに陰キャだって言ってたのに、よりにもよって鈴蘭かよ!」


 こういうことが気になって仕方がない三人であった。


「待ちたまえよ、脇村わきむら茂撫山もぶやま———まだ二人が交際をしているとは決まっていない」


「そうだぞ、勘違い野郎ども……黒瀬が彼女と付き合っているなどというバカなことが、あるはずない」


 眼鏡を指で抑える縁川ふちかわがぼそりと呟く。


「おれは鈴蘭さんにこの前、『おはよう』と声をかけられた。俺は『おはよう』と返した。そしたら彼女は微笑んだ。彼女と俺は、もはや相思相愛と言っても過言ではない」


「……」


「……」


 一瞬動きを止めて無言になるふたり。

 様々な感情をないまぜにし、尾行行為にいそしむ三人のクラスメイトであった。過言な眼鏡男子は、その時なにかに気づいた。

 黒瀬が、顔を彼女に近づけ―――何か話しかけている!


「近い近いッ!」



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「ところでどうする……、っていうのは後ろのアレのことだとわかるが……どうもしねえよ」


 後ろのアレ、アレ等、と呼ぶべきか。

 目で見ずに、三人の気配を指した黒瀬。

 なんとも言えない感情になる。

 

 三人そろえばなんとやら、と思ったのかもしれないが、よりにもよって令和忍者たる自分の背後で隠密行動をしようともがいている連中、何の技術もないただの男子高校生たち。

 色々思うところがあるが、ふたたび、なんとも言えない気持ちになる。ただ面倒だ、邪険に扱いたいが。


 ちら、と鈴蘭の笑顔を見る黒瀬。

 その顔———この女が嬉しがっていることもイライラを加速させた。

 彼女の本質を知る黒瀬は、あまり喜べない。

 彼女が自分のことを「カゲちゃん」などと言うのも気に食わなかった。クラスで言われるとちょっときつい。


 黒瀬を馬鹿にしているのかもしれないし、後ろのアレ三人を馬鹿にしているのかもしれない。

 嬉しがっているのか……いや、嘲笑の類だろう。

 教室ではちゃんとした印象を持たれているが、彼女はこういう人間なのである。

 自分のまわりで騒ぎが起きていると楽しい。

 で、黒瀬は楽しくない。


「ストーカーになったらさすがにやめろって言うけどよー」


「今日だけだったらねぇー」


 で、どうするの、と彼女が問うた。無駄に印象のいい笑顔である。

 その笑顔をクラスの誰にでも見せるのが鈴蘭かすみであった。時代の影、忍者の末裔である黒瀬とは対極のふるまい、世渡りである。

 流石にいま俺、忙しいんだぜ?

 いそがしいっていうか―――なんというか。

 黒瀬は嘆息した。


「……いや、溜め息とかついて済む状況でもないだろコレ……女神がまた来るかもしれない以上、俺のまわりにいたらケガをするぜ」


「なあに? ———その格好つけたセリフ」


「マジで言ってるんだが……」


 自分以外の、みんなが馬鹿と言うのはとてつもなく苦しいだ、と黒瀬の想いである。トラックに狙われている―――そこにクラスメイトが巻き込まれるなんて、望むところではない。


「でもさぁ、カゲちゃんが危ないていうのなら私はどうなの?」


 私ってケガしちゃってもいいのかなぁ?———実に楽しそうに、顔をのぞき込む鈴蘭である。


「……」


 もう黒瀬は黙った。

 眉間にシワが寄る。

 元もと、沈黙を重んじる忍びである。


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