第4話 異世界転生と黒瀬カゲヒサ 3
「おい、おい―――なにをするかと思えば」
黒瀬は、状況の悪化に狼狽えたのだろうか、目を丸くした。
嘆息するアジア顔の少年。その周囲には既に大量の煙が溢れている―――。彼の視界、辺り一面が真っ白だ。
敵の有する攻撃兵器たる、異世界転生特化用トラック、その車輪どころか全体が見えなくなっていく。
五里霧中もいいところである。
黒瀬は慎重に煙を検分することにした。何のつもりだ、女神は―――いや、敵は。
息苦しさがわずかに纏わりついてきた。袖で口元を覆っておくが、しかし、一酸化炭素中毒の恐れはないと見ている。
これは、水分———水蒸気による煙らしい。それなら煙とは言えないのか……とにかく
衣服は、わずかに重みを増しているようである。
重み、水分の増加以外に、異常はないようだった。
少年は、白い空間の中で回想を始める。それはかつて存在した、家族との時間であった。
家族の時間、父の時間。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「いいか、カゲヒサ―――ようく聞け―――」
道場の床に正座し、向き合う二人———静謐な道場のみが、彼らを見ていた。
息子は声を上げる。
「とぉさん、オレつよくなった―?」
彼こそ幼き日の黒瀬カゲヒサである。
つやつやの肌に、顔の輪郭がまるい。
「成長した。うーむ間違いなく……」
父親は自分の髭を撫でる。
まあ、それはそれとして。話は続いていく。
「カゲヒサよ。 父さんはなァ……実は嘘をついておった」
「えっ」
自然と笑みがこぼれ、
ウソ……、ウソとは?
「言いにくいのじゃが……毎日お前に稽古をつけていた空手だけどな……アレはな、実は空手ではなかったんじゃ」
「なん……だと……?」
彼は幼い日から、得体の知れない何かを習っていたらしい。
ただ、思い当たる節はいくつかあった。体術の枠を越え、
ワイヤーでの空中移動法もそのうちの一つである。
「これって本当に空手なの?」と松の木からぶら下がる児童カゲヒサ―――当時の体重だと、松の木でもなかなか折れなかったのだ―――に対し父親は。
「本当に空手だよ、どう見ても空手だよ、そこから空手が始まったんだよ、その動作から」と答えた。当時は、断言していた。
いささか断言しすぎていて、父のその表情は硬直が見られた。さすがに違和感を感じた息子であったが……。
講師陣は個性的な面々だったが、ほぼ、父の古い友人らしかった。
色濃いメンツから、様々な技術を教わっていたのだ。
「で、そろそろコレの使い方もやっておかないとな」
父は、巾着袋の中から、何かを取り出した。手のひらをのぞき込むカゲヒサは、目を丸くする。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「『雲』はあなたの視界を著しく奪う……! あなたの回避は止めたわ!これで止めた!」
〝
自分の上官に当たる老女神を―――黒瀬少年の異世界転生を成し遂げれば、自分の『評価』は鰻登り、天にも昇ることだろう。
地上に発生した白い雲の中では、トラックが走行を繰り返している。
キャキャキャ―――と音が鳴り、背後から
ばむっ、という鈍い音と、確かな接触音がした。
「当たった!」
すぐさま女神は、煌めいた手元の宝石により―――、異世界転生用のゲートを開く。
自身の眼の前に、楕円形の亀裂が開いた。
「おめでとう!」
トラックに吹っ飛ばされた物体。
制服を着た、バルーンのようなものがそこに飛び込んで吸い込まれていった。
異世界転生ゲートをくぐっていく……。
「おめでとう『S級の少年』ッ! これであなたも晴れて、異世界転生を始めることが出来るわ!」
晴れてハレルヤ、勝利宣言でもある。しかし―――。
「あれ?」
今の光景に、疑問を覚える女神。ようやく、考え出した。考えが後追いした。
少年———だったはず、だがなにか形状がおかしかった。
女神の、背中の開いたその羽衣。
その背後から、そっと声をかける男子生徒がいた。
「
鎖鎌のように!
黒瀬が手動でなげて振り回したワイヤーが、旋回してまとわりついた。
「なァあああ!? い、いつの間にィ―――—ッ!?」
締め付けられ、拘束された女神。動きを封じられ、イモ虫のような挙動を見せる女神。
上半身の動きを拘束され、腰しか曲げられない女神は、ぎったんばったんと上半身をシーソーさせる。
顎しか前に出せない姿勢で、吠える。
「いつの間に後ろにぃ―――おのれえええ!」
カゲヒサを、掴み掛らんばかりの剣幕で、彼女は
ワイヤーが食い込むと、豊満な胸が脱出を試みるように前に出た。それを視界に入れたカゲヒサは、内心で蔑む。
カゲヒサの心はその程度では動じない、いや、むしろ嫌っている。嫌悪だ。彼は豊満な女性の身体を人一倍に
彼は優秀な令和忍者にして、通常のロリコンだったのである。
「
手の指で黒い球をいくつか、弄んでいるカゲヒサ。使用予定だった煙幕器具である。
「
若干、気分的に萎えているらしい高校生。
黒瀬が半回転しつつワイヤーを廻し引くと、転生用の虹色の亀裂に、女神が放り込まれる―――!
「く、お、おのれぇええええええ―――ッ!」
断末魔を響かせ、女神はこの世界から消えた。
おそらく神の世界と思われるどこかに行ったのだろう、と思われた。
余裕をもって地面に降り立つ―――。
足指の付け根から地面に降りると、転生用トラックが蜃気楼じみた揺れを見せ、光の砂になっていった―――!
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