第58話 異世界転生アンチの人たち 5
ブロンディはカリヤに呼び出された。
異世界転生課の大水晶前だが、小間使い天使に至るまで、いま周囲には誰もいない。
新神はクララをはじめ、先輩とともに行動することになっている。
経験浅であろうが何だろうが、人間にとっては脅威に違いない。
人類の中で例外たる黒瀬カゲヒサは、話が別であったというだけの話である。
カリヤは口を開く―――。
「話はフロスのことよ、『S級』の方へ向かったわ―――あなたも」
確かに今、この室内にいない。
「新神、あなたも、アレには気をつけなさい」
「はい……それは、気をつけるとはどういう……? わたくし、先輩がたから手解きを受けるつもりはありました……が……」
冠位長の目つきに、圧されて語尾が消えていくブロンディ。
萎縮しても金髪のせいだろうか、小さく見えることはない。
自分は何か失言をしたのだろうか、少しばかり思案する。
女神ごとに特質は異なる―――異なるということはつまり、他人に、他神に、教えることが出来ない―――ということもざらである。
もっとも、S級など一部が厄介なだけで、異世界転生は可能なのだが。
おそるべき神の権限を、多くの人は止められない。
「異世界転生をするのでしょう? それは皆さま同じで―――フロスさまを名指しで、何をおっしゃるのか、ちょっとわからないですわ」
「フロスさま……、ね」
あからさまに機嫌を悪くした様子の冠位長。
ブロンディはそれに怯んだ。
ただ、ええ、ええ―――それはいいわ、本人の前でもその言い方が良いでしょう、とカリヤは答えた。
フロスの話はもう少し続くようだ。
「ただ―――彼女は二級なのです」
「……」
唐突な話題だ。
新しく来た自分にとっては、随分先の話に思えたのだ。
「にきゅう―――?『一級』、『二級』という、ことですの? 聞き及んではいますわ、カリヤ様。 以前、黒瀬カゲヒサを転生、させようとしたケーオ・フィラメント様が『一級』であることも―――しかし、私の先輩であることに変わりはありません」
「ええ、そうね……貴女はそうでしょうね」
カリヤは溜め息交じりに目をつぶった。
新神は不安になる―――どういう話だ、冠位長が自分の先輩を悪口……貶めようとしているという状況、だと思われるが。
口出ししづらい話である。
ブロンディは異世界転生に強く賛同している―――否、理解したいと望んでいるべきか。
死は恐ろしい。
自分が人間だったならば、きっとそう思うだろう―――ただ、その先があるのならば、その先に人生や、より良い世界があるのならば、話は別である。
カリヤは現行の、今主流の異世界にも詳しいようだ。
そのため、彼女や異世界転生課の女神と敵対関係を作りたくない。
故にカリヤが始めた話は、迷惑そのものであるーーー迷うし、戸惑う。
ただ、話は聞くしかあるまい。
「彼女は、完全に自分の欲求で動きます―――」
「はぁ……」
詳細がわからない新神ーーーそれを言い出したら
黒瀬にS級に興味津々になり、突撃ーーー順番は公平に(?)選ばれたものの、転生させに向かったのではなかったか。
「わかったのですか? 新神さん」
「は、……はいイ!」
何やらフロスを巡って訳ありのようだが、カリヤの言うことが、意味が、いまの時点ではわからない。
フロス・パゴスは転生課の先輩であり、今のところ長い袖で口元を隠す仕草が多いことくらいしか知らない。
ブロンディ自身が危害を加えられた、などということもない。
「あれは、単独で行くのを好みます」
「それなら、邪魔立てしませんわ」
ただ、興味は湧いた―――湧いてしまったのかもしれない。
彼女の人となり、ならぬ神となり。
そして転生の能力についても―――。
「よく知っておきなさい、彼女はあのような女神は、存在するのです―――役割のことを何とも思っておりません」
フロスに関して、今までは、そんな印象は持たなかった。
ケーオに好き勝手罵倒されている印象があるくらいのものである―――ただ、あの苛烈なケーオが敵意を向けるとは、一体どんな神なのだろうか。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
町を、少年が歩いている、帰宅途中の、アジア顔の男子高校生である。
「黒瀬カゲヒサはん」
名前を呼ばれて目を向ける男子、もう自宅に近づいていたところなのに、と呟く。
眼前にトラックが停車していた―――そのボディは新品によく似て、白く光すら放ちそうである。
そしてその前に女神が立っていた。
「転生に興味はありんせん? ———おおっと、わっちはフロス……忘れそうになりますなぁ」
その見た目―――身に着けるものは今までの女神と似通っている、同族だと言えるものの、長い袖で口元を隠して微笑んでいる。
目つきから、笑顔だ―――。
「まーたお前らか」
まあそんな気はしていた、と少年は足を止めた。
会ったことのある女神ではなさそうだ―――名前よりもまず、本題に入ってくることは、わかりやすい連中だが。
女神の襲来に、今日も不機嫌そうである。
片腕を空にゆっくり向ける……。
その袖の中にはワイヤー機構が備わっている。
臨戦体勢である。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ファミリーレストランの一角。
黒瀬が席を外したあとは、霧崎とカイ、あとは並べられた大量の料理のみが残された。
「霧崎さん―――もぐもぐ―――黒瀬くんとはよく話すのかな?」
「答えたく……、ありません」
霧崎はコーヒーをすする動作のみを保っていた。
小柄な少女、目も合わせない。
カイはと言えばギラギラと発光せんばかりの視線であった。
「ふうむ、二人のご関係は? もぐもぐ―――女神関係?」
「……女神関係です、協力をしています……することになっているんです、異世界転生アンチの人たち、として」
「ほほう……アンチのお方でしたか……しかし美味しいな……この…… んぐっ!」
霧崎はカイを見た―――いや、観察した。
喉を詰まらせているのか?
ずいぶん落ち着きのない大人である。
好感は持てない―――明るい男であるが、女神とは違うトラブルを持ってきそうだと、そんな予感がする。
というか、先日クラスでぎゃあぎゃあと騒がれていた不審者———それはカイだ。
信じたくないが目の前にいるこの男のことだろう。
クラスメイトの黒瀬くんはこの男を信用しているのだろうか―――そう想い、それも好感は持てない。
カイは続けた。
「この料理は美味しい……いやこれ、全部だけどね?」
上品とまでは言えなかったが、その食欲には
宿無しの身と言っていたのは、真実のようだ。
ただ、このPTAからの指定賞金首と、会話する気にもなれない、積極的にはなれない。
もともと社交的ではない女子であると自負している―――。
人と話すことがあまり好きではなく、あとは、不審者と話すこともあまり好きではないだけだ。
それは、黒瀬カゲヒサに対してでも―――あの男子、何者なんだ。
あれも深くは聞かないが、いや聞かなかったが訳ありの身で、ただの人間じゃないと思っている。
不審者に限りなく近いと言える。
まったく男子というものは……と、霧崎は嘆息した。
一部の特徴が色濃い男子を切り取っていることに、彼女自身は気づけていないが。
「異世界転生アンチの人たち、か……そんな会があるとはね……」
カイは真剣な表情で霧崎の話を聞いていた―――彼女からはそう見えた。
会がある、と言えばまあ、確かに出来たけれど。
「ボク、入っていいのかな?」
カイの発言、意外だった―――。
入ってどうするんだ、と感じた、が―――。
「それは……リーダーに聞いてください」
霧崎はとりあえず口走る。
「リーダーは誰なんだい?」
無邪気に首をひねり疑問のカイ。
「……黒瀬くんです」
霧崎は不審者の目を見て答えた。
どうしよう、と一瞬思ったが、全てが面倒だった。
ただ、絶対に異世界転生はしたくない―――それだけが彼女の心の中心であった。
異世界転生のために女神が俺を轢殺しようとする!【長編】 時流話説 @46377677
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