第24話 誘拐

 クロスは、誰かの声が遠くから響いてくるのを聞いていた。その声はしだいに近く大きくなり、自分の名を読んでいるのだと気づいた。慌てて目を開ける。ぼんやりとした視界がゆっくりとはっきりしてくる。目を開けると知らない天井が見えた。どこだ?


 その天井をさえぎる様に、ミコトの顔が現れた。


「あ、やっと起きた。大丈夫? いきなりテーブルに突っ伏して気を失ってたよ」


「……ここは?」


「酒場近くの宿屋だ。わしがお前さんを担いで運んできた」とヴィルヘルム。


「あの、すいません。ご迷惑をおかけしました。えっと、それから、リーゼさんは?」


「酒場での支払いをしているはず。もう少ししたら来ると思うよ」とミコト。


 だが、ヴィルヘルムは少し険しい顔をして、ミコトに言う。


「ちょっと見てきてもらえるか?」


 ミコトも何かを察したのだろう。無言でうなづくと、すぐに出ていった。弓と剣を忘れずに身につけて出て行った。そして、クロスが預けた剣は置いていった。


 クロスはベッドから起き上がるとヴィルヘルムの顔を見た。深刻そうな顔をしている。一体何を心配しているのだろうか。


 だが、クロスは自分自身のことも気になった。『眠れる宝石』を使ったが、加減がわからずにこうなってしまったような気がする。スキルを上手く宝石に込めることができたのだろうか。初めての使用なので心配だった。


 リーゼの翡翠に触れた右手の人差し指を見る。あの翡翠と同じ色の線が指先から伸びていた。クロスは直感的に、“ああ、スキルを使用した宝石の場所がわかるのだな”と理解した。うまくスキルが使えた実感があった。そして、止まっていた翡翠の位置が急に動き出したことを感じた。


 外で誰かが大声をあげた。ヴィルヘルムが急ぎ部屋の窓を開け、確認する。


「ヴィルヘルムっ!! コード、九・一!!」


 声の主は、ミコトだった。それを聞いた、ヴィルヘルムは両手剣を手に取り、部屋を飛び出した。何が起きているかはわからなかったが、クロスも慌ててベッドから降り、立ち上がる。自分の剣を拾おうとしたが、思った以上に重くて掴み損なうところだった。急いで、彼の後を追う。


 外に出ると、ミコトが弓を構えて矢を放っていた。酒場近くに停めてあった馬車を狙ったらしいが、矢が届く前に馬車が走り出してしまった。


「リーゼが、さらわれた」


 ミコトが馬車を睨みながら、一言告げた。すると、ヴィルヘルムが急にクロスの胸ぐらを掴んで叫んだ。


「貴様も奴らの手先か? リーゼ様はどこに連れて行かれる?」と凄んだ。

 ヴィルヘルムの顔は怒りに満ちていた。


 クロスはまったく状況がわからなかった。リーゼさんが、なぜさらわれるんだ。


「クロス君はおそらく関係ないよ。でも、こちらにとって最悪の状況を招くのに利用された」


 ミコトが冷たく鋭く言った。その言葉を聞き、ヴィルヘルムも冷静さを取り戻した様だ。クロスの胸ぐらを掴む力が弱まった。


「仕事の報酬を受け取っての酒場での一杯。油断しやすいところに、クロス殿の件か。もっと周囲に注意を払うべきだったか」


「ええ、普段の私たちなら、二人のどちらかはリーゼの元を離れたりしない。いつものその基本動作で防いでいる。今日は例外よ。リーゼを一人にしてしまった。奴らに千載一遇の機会を与えてしまった」


 ミコトは、クロスに落ち着いた声で言った。でも、彼女の手が震えているのがわかった。


「リーゼは命を狙われているの。そして、たった今さらわれた。最悪の状況」


 クロスも細かいことはわからないが、やっと状況を理解した。リーゼをさらっていった馬車を追わないといけないのだ。


 だが、夜もふけた時間だ。こちらも馬車に追いつく移動手段を手に入れなくては。


「どうする? いまから宿屋で急ぎ馬を借りてきても見失う」とヴィルヘルム。


「わかってる。今考えてる!」とミコトも真剣な顔で返す。


 クロスは、美しくて優しい顔をしたリーゼを思い出した。ミコトら二人に特別扱いされているのは、会話や行動からなんとなく理解していた。


 リーゼは、自分の突拍子もない話を受け入れて、宝石を見せてくれた。洞窟でも命の危機を救ってくれた。彼女を助けたい。心配している二人の元に取り戻してあげたい。上手くいくかわからないけれど、自分なら今のこの最悪の状況をひっくり返せるかもしれない。


 クロスは深呼吸をした。深く息を吐いて、決意を固める。


「ミコトさん、宿屋で馬を借りてきてください。二人は乗馬が得意ですか? 俺は無理なのですが、二人のどちらかに乗せてください。リーゼさんの居場所を追跡する手段はあります」


 その言葉に、ミコトとヴィルヘルムは驚いた。


「私たちは馬には慣れているけれど、どうやってリーゼの場所がわかるの?」


 自分のスキルのことを秘密にしておく理由なんてない。リーゼさんの命がかかっているんだ。


「異世界転移者にはスキルが与えられます。俺のスキルは宝石に関するもの。触れて魔法を込めた宝石なら、どこにあるか位置がわかります。リーゼさんの翡翠には彼女を守って欲しいという願いがかけられていました。その想いが自動的に発動するように、俺は魔法を込めました。リーゼさんは誘拐されましたが、翡翠が守ってくれます」

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