第34話 王国の風習
南のエリアの探索は、半年程度かかった。
初夏にさしかかる頃に、王都を旅立ったが、王都へ戻ったのは秋が深まった頃だった。冒険者としての地道な調査。各地の噂を収集し、冒険者ギルドでの依頼をこなし、古代の遺跡や古文書の解読などをしていった。
調査は少し進んだ。これまで厄災について判明したことは、魔王が復活する前に、四つの厄災が現れるということ。そのうちの一つがレグナ王国に現れるという予言なのだった。古文書や遺跡の調査や各地に残る伝承から、四つの厄災のうち、三つは判明している。「腐食」、「崩壊」、「空虚」という名がつけられていた。
厄災が発現すると周囲に悪い影響が出て、それが広がっていくのだと古文書にはあった。厄災を退けるには、勇者の力が必要なのだという。四百年前は、四つの厄災を勇者が祓い、最後に復活した魔王を倒した。そんなおとぎ話のような物語が語り継がれている。
クロスは良く知る異世界ファンタジーの話みたいだなと思った。魔王と勇者。この関係は、夜と昼、月と太陽のような普遍的な関係なのかもしれない。
*
王都に帰還した一行は、リーゼの屋敷で一晩休んだ。
翌日、リーゼは調査の結果を報告に王城へ行った。ヴィルヘルムも同行している。クロスはリーゼの屋敷で割り当てられた客室でくつろいでいた。
南方面での調査中に、宝石商から購入した宝石を眺める。バイカラー・トルマリン。ピンクとグリーンが同居している珍しい宝石だ。
思えば、話のわかる宝石商だった。商品を手に取って見てもいいと気前が良かった。もっともそばには屈強な護衛がいたが。
おかげでいろいろな宝石を吟味して、どんな魔法と相性が良いのか、購入する前にじっくりと確認することができた。
バイカラー・トルマリン、この宝石なら、ミコトの願いを叶えられそうだった。元の世界に戻る手段が用意できるかもしれない。
そう思って、思い切って購入した。若い男が宝石を求めるのは不審に思われたが、商人は取引に対して誠実だった。
購入した直後に、バイカラー・トルマリンには「元の世界に戻りたい」という願いを込めて、魔力を注入した。宝石に願いを込められるのは、自分が所有者でないといけないようだ。
これまでの経験から、宝石を所持して強く光るまで想い続けることが『眠れる宝石』で威力を上げるのに重要だとわかった。なので、頃合いをみて、本当に願っているミコトに渡したい。
宝石を眺めながら考えていたら、南への旅路でヴィルヘルムから聞いたことを思い出した。
レグナ王国の風習についてだ。この国の女性にとって、宝石は特別なものだという。母親から娘へと代々その家の宝石を継いでいく。娘が二人の場合は、父親がお金を稼ぎ、代々継承している宝石と同じものを末っ子の娘のために購入して用意するのだ。
だから、子供もいなそうな年代の男性が宝石を欲しがるのは極めて稀なのだった。宝石商が訝しがるのは無理はない。
年頃になった娘は常日頃その宝石を身につけることになっている。多くはペンダントの形で受け継がれてきたとのことだ。
そして、その宝石は、男性と付き合う時や結婚する時に大きな意味を持つ。「宝石を貸す」というのは、「付き合うことを承諾する」という意味だ。母から受け継いだ宝石を実際に貸すわけではないらしいが、そう答えると交際を承諾したことになる。
さらに、「宝石を預ける」というのは、「結婚を承諾する」という意味だそうだ。
女王が君臨するこの国は、性別の差による職業の差はないらしい。ただ、少しだけ女性の血統を重んじる傾向があり、それが宝石の継承となっているようだ。
それが男性からの申し出を、奥ゆかしく答えるための隠語になってきたのだろう。家柄を考慮したお見合いでも、女性から宝石に関する言葉をもらえなければ、破談となるそうだ。
クロスは、ヴィルヘルムが以前、「この国で女性に宝石のことを聞くのは、勇気がいることだ」と言っていたのをやっと理解したのだった。
王都の屋敷で、リーゼがクロスのために装飾品、つまり宝石を貸してくれた時のことを思い出す。
リーゼの態度は、まさにその風習を意識していたからだろう。あの時、クロスは検討もつかなかったが、ミコトはそのことをわかっていて、ニヤニヤしていたのだ。クロスの鈍感さとリーゼの照れる姿を楽しんでいたのだ。
リーゼはどう思っているのだろうか。嫌われてはいないと思う。主人と騎士という関係は、ある意味、社会的、組織的なものだ。そして、王女の騎士という肩書に、クロスは出来過ぎていると思っていた。向こうの世界での自分を考えたら、力不足の過ぎた身分だ。
騎士の儀式が必要になったのは、リーゼをより強固に守りたいというパーティの意向があったからだ。
そして、宝石を貸してくれたのも、あくまでパーティの戦力増強が目的だ。クロスは宝石を持つことで『眠れる宝石』というスキルを存分に使えるのだから。
……ただ、間違いなくわかっていることはあった。明白だ。自分はリーゼに好意を持っている。彼女の喜ぶ顔を見ていたい。笑顔を何度も思い出す。窓の外に佇む王城につい視線がいってしまうことに気づく。そこに彼女がいると思うと、苦しくなって軽く息を吐く。
そして、同時に、騎士以上の関係は無理だろうと感じている。リーゼは王女だからだ。第三王女として、レグナ王国の後継者争いの中にいる。国の要人なのだ。別の世界から来た身元がよくわからない人物を恋人や伴侶にするなんて選択は、明らかに無いだろう。
あらためて、自分に言い聞かせる。それ以上の関係は、考えてはいけないのだ。
でも、リーゼたちとの出会いが、自分を変えてくれたのは事実だ。大きな恩を感じている。だから、少しでも彼女たちの力になっていたい。
自分には何もない。そんな感覚が、脱ぎ損なった服のようにいつもまとわりついている。向こうの世界で虚しく過ごしていた日々が自分の心を削る。
でも、リーゼやミコトの願いを叶えてあげたい。だから、もし命を賭ける必要があったら、遠慮なく賭けようと思うのだ。
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