第58話(Extra Episode 2) 帰還者の誓い

 大通りの少し高級な魔法道具店に入った。魔法書、魔法薬、アクセサリーや杖など様々な商品が綺麗に並べられている店だ。


「魔法の杖を新調したいです、クロス」


 冒険の時に使っていた杖は、人の身長近くある長いものだった。今回、リーゼが望んでいるのは、携帯しやすい短いもの。オーケストラの指揮者が持っている指揮棒の様なものだった。


 魔法の杖は、高度な魔法を使う際に魔力を集中させやすくする役割がある。杖の種類によって、相性の良い属性や魔法もある。


 リーゼは回復や補助の魔法を使いやすくするものを選んだ。ユニコーンの立髪、聖木、霊布から作られたものだそうだ。少し高かったが、クロスは気にせず快く購入する。


「あらためて、おめでとう。リーゼ」


「ありがとう。大切にしますね」

 そう言って、リーゼは微笑んだ。


「あ、それから……」

 クロスは、少し困った顔をした。


「どうしたのですか?」


「ああ、いや、ミコトから伝言があるんだ……。『もし、クロス君からの贈り物を壊しちゃったら、こっそり教えてね。符号反転で直してあげるから』……だってさ」


 リーゼは目を丸くした。よりによって伝言を頼む相手が違うだろう。クロスも……律儀に伝えるとは。


 二人のおかしな行動に、リーゼは声を上げて笑った。


「やっぱり、おかしいよな」


 リーゼは、なんとなくミコトやカタリナに、お祝いしないとダメだと諭されているクロスの姿が浮かんだ。


 *


 買い物の後は、カフェで一休みしながら、会話を楽しんだ。


 次に王都の王立劇場にやってきた。夕方からの公演を観る予定だった。


 観る演目は、喜劇。チケットを受付で見せる。リーゼたちは特別な座席に案内された。舞台を一望できる、中央の個室二階席だった。


「すごいな。王族だから?」


「いいえ。この日のために、ヴィルヘルムが用意してくださいました。……ささやかなプレゼントではないですね。私も驚きました」


 あの強靭な男は、こういった気遣いもできるのか。流石だな。見習わないといけないと、クロスは思った。


 演目の喜劇は、全体は観客を笑わせる流れだったが、時折、悲しいシーンや考えさせるシーンもあった。二人はその舞台を存分に楽しんだ。


 劇場を出ると、日は沈んでいた。街灯の明るさと人々の営みの賑やかさが、夜を切り拓いている。クロスたちは、王城へと向かう。


 夕食は、二人きりだった。王室専属シェフのフルコース。クロスはテーブルマナーを気にしながらも、彼女と大事な話をする。


「レン君は……勇者の魂、その断片の所有者の一人だ」


 その言葉に、リーゼは驚くも、すぐに納得した顔になった。心当たりがあった様だ。


「やはりそうでしたか。魔族エグゼンとの戦いで、いきなりとてつもない強さを発揮されていましたから……」


 そして、クロスは事務所の同僚から得た情報を共有する。


「一度負けた相手には二度と負けない。そういうスキルがその魂の断片に宿っているそうだ。『一敗不敗』というものだ」


「神から授かった四つのスキル……」

 リーゼがつぶやく。クロスもうなづく。


「残る三つの断片を探す当てはあるのですか?」

 クロスは首を横に振る。


「あ、私からひとつ確認です。カタリナさんのスキルはご存知ですか?」


「いや、本人から話されていないよ。ハーフエルフに転生した人だから、何かしらスキルを持っていると思うけれど、秘密にしたいことかもしれないからね」


 リーゼは、魔族エグゼンとの戦いで、逆転のきっかけを作ったのはカタリナだと伝える。


「おそらく……彼女は、五体の中から本体を見極めていました」

 リーゼのその言葉に、クロスは考え込んだ。


「リーゼ、ありがとう。でも、二人の秘密にしておこう。彼女が教えてくれるまで待ちたい」


 スキルを持っているが故に、傷つくこともある。ミコトの様に、苦渋の選択をしなくてはならなくなることもある。もし、それを仲間から期待されたら、どうだろうか。


 *


 夕食後、リーゼから誘われて、王城で最も高いバルコニーにやってきた。夜空は晴れていて、幾多の星が瞬いている。眼下に見えるのは、城下町。街灯や各家の灯りが輝いている。


「すごい景色だ」

 見渡した後、クロスは思わず深呼吸した。


「はい。私のお気に入りの場所なのです」

 そう言って、クロスの横に並ぶ。


 しばらく静かに景色を眺めていた。


 先に口を開いたのは、リーゼだった。


「クロス、お渡ししたいものがあります。本当は、あちらの世界へと旅立つ時に渡せれば良かったのですが……」

 リーゼは小さな箱を取り出した。クロスはそれを受け取る。静かに丁寧に開けた。


 箱の中には、アクアマリンの腕輪が入っていた。美しい意匠が施されたプラチナの細い輪。その上に宝石アクアマリンが水色の輝きを放っていた。


「リーゼ、ありがとう。とても素敵なアクセサリーだ」

 その言葉を受けて、彼女は微笑む。クロスはさっそく右手首に付けてみた。


「お似合いです」

 クロスも微笑んだ。そして、左手でアクアマリンに触れて『眠れる宝石』を使った。


──どうか、クロスを守ってください。


 込められた願いを知る。アクアマリンは水色から淡い虹色に輝きを変えた。深い想いも知る。


 クロスはリーゼと見つめ合った。愛おしかった。静かに彼女を抱き寄せる。目を閉じたリーゼの唇に、自分の唇を重ねた……。



 二人は再び、城下町を見つめている。


「残る三つ、魂の断片を見つけて勇者を招かないといけない」

 クロスの言葉に、リーゼはうなづく。


「残る三つの厄災も祓わないといけません」

 リーゼの言葉に、クロスはうなづく。


「そして、復活する魔王を討たないといけない」


「そのとおりです」


 リーゼのそばにずっといるためには、困難が目の前にたくさんある。

 それでも、クロスの顔は穏やかだった。


「『行動する勇気さえあれば、世界は変えられる』、ある偉大な冒険者の口グセがあってさ。それは本当だった。引きこもりで何もない俺の人生が大きく変わったんだ。……大切な人ができた。生きている意味ができた。今は世界が輝いて見える」

 クロスは、リーゼの顔を見て続ける。


「だから、この勇気を、俺は絶対に捨てない」

 最愛の人に誓う。


 リーゼが優しい顔をして、返す。


「私の親友も同じことを言っていました。その言葉と覚悟を受け継いだら、目的を果たすことができましたよ。女王になることができました」

 

 クロスは、リーゼの手を取り、再び城下町を見下ろす。彼女もそうする。


「必ず成し遂げよう」

「はい。もちろんです」


 晴れた夜空には星々が煌めき、城下町の営みの灯りは宝石を散りばめた様だった。



──to be continued "The Return of/to The Brave".

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勇者の十字架 凪野 晴 @NaginoHal

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