第26話 狂戦士

 鉄格子が邪魔で鍵もかかっていたが、その先にはリーゼがいる。彼女は背中の腰のあたりで手首を縄で縛られている。


「大丈夫でしたか? おケガはありませんか?」


 リーゼはうなづいた。瞳が潤んでいるのがわかった。危害を加えられないように翡翠に魔法をかけていたが、捕らわれる形には反応しなかったのか。とにかく、無事で良かった。牢からリーゼを救出したい。クロスは監視役の服をさぐったが、牢の鍵らしきものは見当たらなかった。


「クロス殿、鍵は不要だ。その剣なら鉄をも斬れる」

 と、ヴィルヘルムが言った。


 リーゼはその意図がわかったのか、鉄格子から離れて牢の奥へと移動した。


 クロスは剣を鞘から抜き、両手で上段に構えた。鉄格子を斜めに斬るように振り下ろす。驚いたことに、まるで空を斬るような勢いで剣は振り下ろされた。クロスは鉄に触れて弾けるような感触を覚悟していたが、そんなものはなかった。


 乾いた音を大きく響かせて、斬られた幾本の鉄格子が転がる。


 牢に入り、リーゼの背中側へとまわり、口を封じている布をほどく。そして、手首を縛っている縄を丁寧に斬った。


 剣を鞘に納めると同時に、リーゼがふり返り、抱きついてきた。そして、静かに震えていた。クロスはどうしていいかわからずに戸惑う。なんとか、優しく肩を撫でて、声をかける。


「大丈夫です。もう安心してください」

 リーゼは無言で何度もうなづいた。


「倒された見張りが見つかるかもしれない、先ほどの鉄格子の音でも気づかれる可能性もある。急ぐぞ」とヴィルヘルム。


 ヴィルヘルムは、両手剣を構えて上階からの敵襲を警戒する。まだ階段には来ていないとわかると、両手剣を構えたまま、駆け上がった。クロスはリーゼの手を取り、彼に続く。


 一階にたどり着いた時、上階から武装した賊が降りてきた。その数四名。鉄の鎧に身を包んだ者もいた。捕らわれていたリーゼの姿を見ると、声をあげて、襲いかかってきた。だが、その勢いはリーゼの元に届くことはなかった。


「我が主人に危害を加えた者は、万死に値する!」

 と、巨躯のヴァルヘルムが声をあげ、凄まじい怒気を放ち、両手剣を振るう。


 絶妙な間合いで壁などにぶつかることなく、勢いよく振られる両手剣が狙った獲物を次々に捉えていく。


 その斬撃に襲われた者たちは、悲鳴すら上げる暇もなく斬られながら吹っ飛んでいった。鉄の鎧に身を固めていた者も例外ではなかった。鮮血が辺りを染める。四人の敵はあっという間に骸へと変わっていった。


「すごい」とクロスは思わず声に出してしまった。マンガやアニメで観た狂戦士の闘いぶりを彷彿とさせるものだったからだ。


「あの、……でも、捕まえてリーゼさんをさらった目的など追求しなくて良かったんですか?」と続ける。


「末端の敵を捕らえて尋問しても、本当の依頼人にはおそらく辿り着けん。やり方が周到なのはいつもだ。それにリーゼ様を狙っている奴は検討がついておる」

 そう言うと、一瞬さらに怒りをあらわにしたように見えた。


 ヴィルヘルムが砦の入口へと先導し、クロスとリーゼが後に続く。外に出ると、二頭の馬の近くにミコトがいて手を振っていた。リーゼがミコトの元に駆けつける。


「リーゼ、無事で良かった」と安心した顔を見せるミコト。


「ええ。誘拐犯は、私を殺すつもりだった様ですが、うまくいかなったの。この翡翠が光って、淡い緑に光る防御壁が現れました。それが私に向けて突き立てた刃を防いで砕いてくれたのです。何度も」

 リーゼはペンダントの翡翠を優しく撫でた。


「それで殺すのを諦めたようで、牢に閉じ込められました。依頼主に引き渡すことにしたようです。……でも、こんなに、こんなに早く助けに来てくれるなんて。……うれしかった」


 ミコトはリーゼの頭を撫でた。リーゼも涙を浮かべながら微笑む。背丈はほとんど変わらないのに、この時だけはミコトの方が姉のように見えた。


 だが、何かを思い出しかのように、リーゼは急にミコトに回復魔法をかけ始めた。


「あら、やっぱりバレちゃったね。今夜はこんなことになるとは思ってなくてさ」


 リーゼは首を軽く横に振り、「ありがとう」と言った。


 クロスとヴィルヘルムは、麗しい二人のやり取りを見ていたが、

「クロス殿、この度は恩にきますぞ。貴殿の力がなくてはリーゼ様を救えたとは思えない」

 と、ヴィルヘルムは深々と頭を下げた。


「いえ、その、きっと酒場で急に倒れてしまった俺のせいだとも思うので」

 だが、深く下げた頭をなかなか上げないヴィルヘルムに照れてしまい、慌ててミコトたちに言う。


「はやく、宿屋に戻ろう。借りた馬も返さないと」


 二頭の馬には来た時と同じように、ヴィルヘルムとミコトが乗った。誘拐に使われた馬車をいただき、リーゼが運転した。クロスは馬車の荷台に逃げ込もうとしたが、リーゼに頼まれ、彼女の横に座ることになった。

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