第25話 宝石と剣

 スキルを初めて使った。確証なんてない。でも、与えられたスキルを信じるしかない。おそらく自分にしか見えないが、今も右手の人差し指からは淡い緑色の線が馬車が去った方へと伸びている。これを信じろ。


 クロスは自分が気を失った理由を考えた。たぶん、魔力をこめた時にぶっ倒れたのは、あの翡翠が特別質が良いものだったからだろう。一気に魔力を吸い取られたのだ。それが招いた結果だ。でも、だからこそ、翡翠が守ってくれるとも思えた。リーゼさんたちにもう迷惑はかけられない。自分にできることをしなくては。


 宿屋で、運よく馬を二頭借りることができた。宿屋の主人は宿泊代にツケておくと言うと、世話役にすぐ馬を用意させた。体格の良いヴィルヘルムに一頭。もう一頭はミコト。クロスはミコトの後ろに乗ることになった。体重のバランスを取る結果だった。緊急事態とはいえ、若い女性の身体に触れるのは緊張した。


 柔らかい肢体に触れた瞬間、

「いくよ!」

 と勇ましい声を上げたミコトは、馬を一気に走らせた。


 ヴィルヘルムも遅れずについてくる。クロスは揺れる馬の上で、右手の人差し指から伸びる光の先をミコトに教える。


 走り始めると翡翠との距離が縮まってきていることがわかった。そのこともミコトたちに伝える。状況が少しでも良くなっていることを共有したかった。


 淡い緑の光は街道沿いに伸びている。宝石との直線距離を示しているわけではなく、宝石が動いた軌跡を追っているのだとわかる。これは小さな福音だった。宝石とのつながりを直線距離で示されたら、かえって道に迷ってしまう可能性があった。


 今宵は空も晴れていて、月明かりが街道を照らしている。


 街道の途中から森へと、淡い緑の光は進む方向を変えた。森の中に何かあるのだろう。馬に乗った三人は森へと入っていった。


 しばらく進むと、森を切り拓いた場所に古びた砦が建っていた。その砦の前に、見覚えのある馬車が停まっていた。三人は馬を降りてあたりを警戒する。馬は、手近な木に逃げないように繋ぎ止めた。


「緑の光は、砦の中に伸びている。馬車にはリーゼさんはいない」

 クロスの小さな声に、二人はうなづく。


「私はここで待機している。向こうが馬車で逃げる可能性もあるからね。それにリーゼを救った後、逃げるって選択肢もあるから、馬を用意できる人が必要だよね」


 ミコトの考えは的確だと思った。緑の光はクロスにしか見えない。つまり、クロスがリーゼを救いにいくのが最善手。そして、その護衛に強靭なヴィルヘルム。これ以上の布陣は思いつかなかった。


「あ、それからクロス君。その剣はもう折れていない。私からのプレゼント。頼りにしてるよ」


 それを聞いて、ヴィルヘルムがニヤリとした。それからミコトに向けて、「大丈夫か?」と尋ねた。


「こうなる前にやってしまったから、ちょっと休みたいのが本音。でも、平気」


 クロスにはわからない会話のやりとりだった。


 ミコトの言うことを確かめるように、静かに剣を抜いてみる。月明かりに照らされた剣身は濡れているように光り、研ぎ澄まされていた。刃こぼれや折れていた形跡もなくなっていた。いや、新品かそれ以上のものに見える。でも、手に取った感触はいつもの片手剣だった。


「クロス殿、いくぞ」


 今はその疑問の解消よりもリーゼさんの救出が最優先だ。音を立てないように、進む。幸い砦に人影は見えない。誘拐犯の隠れ家に砦は使われているだけのようだ。


 砦から一人出てきた。動きを見るに周囲を見ている。見張り役のようだ。だが、その見張り役は急に倒れた。頭上から降ってきた矢に射抜かれたのだ。馬をつなぎとめた辺りから、ミコトが弧を描くように矢を放ったのだ。


 月明かりとはいえ、決して明るくない中で一発で射抜く芸当に、クロスは舌を巻いた。たとえ、当たらなかったとしても、それで気を引いて、ヴィルヘルムが処理する算段だったのだろう。


 見張りを処理できたので、クロスとヴィルヘルムは簡単に砦の中に侵入できた。緑の光は、地下へと伸びていた。等間隔にある壁のたいまつに火がつけられている。どうやら砦の地下牢にリーゼはいるようだ。ヴィルヘルムとクロスは声を押し殺し、足音を立てないように進む。


 地下に降りると、奥にある牢屋へと緑の光が伸びていた。クロスたちは警戒しながら進む。ヴィルヘルムは後方を警戒しながらついてくる。牢屋にある人影のところで、緑の淡い光は止まった。服装から間違いなくリーゼだとわかった。


 牢の前には監視役が一人いた。だが、こちらは二人。あっさりと抑え込み、床にひれ伏した監視役をヴィルヘルムが締め上げ気絶させ、近くにあった縄で手際よく牢の鉄格子に縛りつけた。


「リーゼさん」

 とクロスは声をかける。


 声をかけれて、その人は顔を上げた。口元は布で塞がれているが、間違いなくリーゼだった。

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