第40話 希望を繋げ
涙を拭った。顔を上げろ。
考えろ。俺に何ができる?
考えろ。ここで何ができる?
考えろ。今、何ができる?
考えろ。何でもいい。希望を探せ!
その時、ミコトの剣とバイカラー・トルマリンが目の前に落ちてきた。
閃光のような一瞬の思考の後、クロスは行動を起こした。
「リーゼ、その翡翠を俺にくれ!」
彼女の返事を待つ間もなく、クロスは首にかけられていた翡翠のペンダントを取った。
「ミコトを助けるために必要なんだ。いいか?」
そして、クロスは両手でリーゼの肩を抱き、瞳を見つめて確認する。クロスの真剣な顔に、彼女はうなづく。
「ありがとう」
クロスは翡翠に触れ、『眠れる宝石』を使う。所有者が自分になったことを確認する。
所有者なら、込められていた魔法を上書きできる。自分に残されていたわずかな魔力を振り絞って込めながら願った。
『ミコトの魂をこの翡翠に戻せ』と願った。
彼女が遺したバイカラー・トルマリン以外の宝石は、翡翠も含めて魔力は空になっている。でも、この場でもっとも高貴で質の良いのは、この王家の翡翠だ。大きな器が必要なのだ。
クロスの願いを聞き入れるように、翡翠はわずかに光った。大樹に吸い寄せられていく光の粒子がほんのわずか、戻ってくるように翡翠に引き込まれていった。
やはり、全然足りない。だが、……希望は繋いだ。
「クロス、何をしたの?」とリーゼが問いかけてきた。
クロスは答えようとしたら、ふらついた。魔力も体力も限界だった。でも、今ここで倒れるわけにはいかない。倒れそうになったところを、ヴィルヘルムが力強い腕で支えてくれた。
「大丈夫か」
クロスはうなづいた後、リーゼの質問に答えた。
「……翡翠に、新しく魔法を、いや、願いを込めた。『ミコトの魂をこの翡翠に戻せ』って願った。ほんのわずかな魔力しか込められなかった。でも、泡のような光の粒子をわずかだけど翡翠に取り込むことができた」
「それで、どういうことになる?」とヴィルヘルムは聞いた。
「あの目の前の大樹に、ミコトが泡のような光の粒子になって吸い込まれていったのは見ただろう? きっと、あの大樹の中にミコトの魂も取り込まれている。それを翡翠の力でほんのすこし取り戻すことができたんだ。だから……時間はかかるけれど、もっと翡翠に力を宿せば、ミコトを取り戻せる」
そう言うと、クロスはミコトが遺したバイカラー・トルマリンを拾った。
「そして、これが、あれば……」
だが、ついに限界を迎えたクロスは眠るように倒れ込んだ。
*
馬のリズミカルな足音と規則正しく回る車輪の音が聞こえる。身体全体がその振動を感じていた。だが、頭のあたりはその振動も弱く、柔らかな感触が心地よかった。全身が怠く手や足を動かせない。
目を開けると、リーゼの顔が見えた。涙の跡があるけれど、いつもの凛々しい顔だった。ただ、こんな角度からは見たことないなとクロスは思った。
クロスの視線に気づき、彼女が覗き込んできた。
「もう大丈夫ですか?」
クロスは首を横に振った。身体が動かないからだ。だが、頭を動かした時に感じた、柔らかさに気づく。その意味を悟って、慌てて、起き上がった。リーゼが膝枕をしてくれていたのだった。
顔が熱くなるの感じる。疲れて動けなかった身体は、反射的に動いた。あわてて馬車の中でリーゼの座っている位置とは反対側にいく。
リーゼは静かにクロスのことを見つめていた。
「あ、ありがとう。ごめん」
「いいえ。ヴィルヘルム、クロスが目を覚ましました」
そう声をかけると、馬車を運転していたヴィルヘルムが振り返り、
「テルミヌスの村に向かっている。今日はあの村で休もう」
と、言った。
馬車は一定のリズムを刻んで進んでいく。馬車の荷台には、ミコトの剣が置かれていた。でも、彼女はここにはいなかった。
リーゼが王家の翡翠とバイカラー・トルマリンを預かっていた。二つの宝石を、クロスに渡してくれた。
右の手のひらにおかれた二色の宝石バイカラー・トルマリンを見つめる。ミコトの剣とこの宝石。二つが泡の様な光の粒子にならずに遺ったのは、きっとスキルが使われていたからだろう。
あの時、このバイカラー・トルマリンにも気づいて、リーゼの魔力の回復に充てる方法もあったと今は思う。だが、それに気づけなかった。後悔していないと言えば、嘘になる。
仮に気づけてたとしても、きっとためらったかもしれない。二色の宝石にかけられた魔法を解除出来たとしても、ミコトの身体が崩壊するのを止められたかもわからない。いろいろ考えてしまう。もう結果は出てしまったのに。
そして、ミコトが消えてしまった瞬間に、考え、たどり着いた小さな希望。それを叶えるためには、幾つもの困難を乗り越えなくてはならない。
左手に持った、ペンダントになっている王家の翡翠を眺める。思考を深めて、きちんと検討したかった。とてつもない賭けだとも思う。自分にできるのか自信がなかった。
顔を上げると、リーゼと目があった。少しだけ微笑んでくれた。リーゼも何かを考えている様だった。
馬車は規則正しいリズムで進んでいく。
一人欠けただけなのに、誰も乗っていないと思えるくらい静かだった。
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