第6話 スコア

「天道院君の事例は、かなり特殊だな。俺も確認したいことがある。すこし時間をくれないか」


 疑問をクロスにぶつけたが、そう言われてしまった。彼の心の色は、冷静な青系で落ち着いている。でも、少しだけ嘘つきの灰色が混じっていた。


「そうそう、合否を決定するスコアは、スペックとグレードで決まるんだ。知らなくても業務上、支障はないけれど、今度教えるよ」


 少しだけ疑問を解いてもらえる約束をくれた。


 *


 三月。


 まだまだおぼつかないところはあるけれど、カタリナは合否の通知面接、異世界転生および転移の案内説明、どちらも日常的にこなせるようになっていた。


 今日の夜は、クロスの奢りで呑みに行くことになった。彼は気が回らなくて遅くなってしまったと謝りながら、「今日はカタリナさんの歓迎会」と言った。



 霞ヶ関の一角にある、事務所から近い居酒屋だった。カタリナがそのような店を希望したのだ。日本の酒場といったら居酒屋と思っていたからだ。


 ハーフエルフであるカタリナの耳はそんなに尖っていない。髪を下ろすと特徴的な耳は目立たなくなる。金髪も今どき珍しいわけではない。そして、カタリナは酒が強い。飲み放題を堪能する気でいた。


 それに対して、クロスは、後で雑務を片付けないといけないから呑めないとのことだった。酔いが回ってきたら、彼の心の色を見てやろうと思っていたのに、出鼻をくじかれた。いつもどおりの冷静な青色。手強い。そして左手にウーロン茶か。


 それでも乾杯をした後は、仕事以外の世間話に花が咲いた。最近あったニュースや話題になった映画などの話だった。


 前から気になっていたクロスの左手薬指に輝いている指輪について聞いてみた。


「ああ、結婚しているよ。でも、この仕事のために単身赴任中。寂しいかぎりさ」


「結婚ってどうなんですか? 私はエルフの血が入っているから、長生きでちょっと躊躇してしまいそうなんですよ。歳の差ならぬ寿命差があるので……。母は、覚悟して結婚したけれど、やはり人間である父を見送くることになって、とても寂しそうでした」


 それにカタリナは相手の心の色がわかる。自分に対してどんな感情を抱いているか、わかってしまうのは、恋愛や結婚には不向きだなと思う。


「寿命が長いなら、焦らずゆっくりと答えを探してもいいのでは?」とクロスは言った。


 クロスはカタリナの話をしっかりと聴いてくれた。いろいろと聴けるチャンスなのに自分の方がしゃべらされていると感じた。


「ところで、先輩。仕事の話になるんですけど、スコアのことを教えてもらえます?」


 クロスの奥さんがどんな人かも興味があるところだったが、次の機会にしよう。


「ああ、そういえば、約束してたね。えっと、スペックとグレードでスコアは決まる」


「はい。それは前に聞きました。具体的にどんな仕組みなのか、教えてください。あと、合否との関係も」


 クロスはテーブルに届いた焼き鳥を取り、箸をつかって丁寧に串を抜きながら話し始めた。


「まず、スペックはその意味のとおり、その人の性能が数字で評価される。運動ができるとか、勉強ができるとか、話が上手いとか、料理が上手いとか、いろいろな性能を評価して決まる値だな」


「ということは、赤ちゃんや小さな子どもは数字が小さくなるのですか?」


「お、良い着眼点だ。そのとおり。成長や経験が足りない子どもは、スペックの数字は小さくなる」


 面白いと思った。理屈はわかるけれど、どうやってそのスペックの値を算出するのか。お酒の酔いもあったのだろう、素直に聞いてみた。


「それは、システムが決めることだから、よく分からないな。申請者について、収集可能なデータが一定量を越えると評価されるとは聞いている。つまり、戸籍をはじめ、学歴や職歴、ネットやリアルでの活動履歴など、個人情報を集められるだけ集めて算出しているんだ。算出されたら、合否の面接になるわけだね」


「スペックの値に上限はあるのでしょうか?」


「んー、正直わからない。ただ、成長するとスペック値は上がる傾向にある。また、歳をとって体力が衰えたとしても、人生経験が評価されるのか高い値を維持している傾向があるそうだ」


 言われてみて、カタリナは自分が担当した人たちを思い出してみた。だが、よくわからなかった。


 スコアの値は申請書を閲覧する時に表示されるが、スペックとグレードはスコアの詳細ボタンをタップしないと出てこないからだ。まず進んで観ることはない感じだ。余裕がある時は、観てみよう。


 クロスは、焼き鳥を頬張り、続いてウーロン茶を飲んだ。一息いれると話を再開した。


「スペックの値は、人の性能をシステムが評価しているわけだ。当然、賛否両論ある。でもご覧のように、スペック値は運用されているんだ。反対意見があったとしても、ルールは敷かれる。運用される。もっと良い評価方法があるのではとされながらも使われる。選別するのに必要な要素というわけだ」


「なんだが、社会の縮図を感じます。頭の良さって試験だけではわからないのに、判定するために入学試験があるような」


 カタリナは、素直に感想を述べた。


「まぁ、そういうものだな。次は、グレードについて説明しようか。あ、何か呑む? 注文するよ」


 カタリナは日本酒の熱燗をお願いした。飲んでみたかったのだ。クロスは、ウーロン茶からグレープフルーツジュースにスイッチした。健康志向なのかなと思った。


「スペックがその人のある意味、内面的なものを評価しているのに対して、グレードは外面的なものだ。あ、そうそう、合否のスコアは、スペックの値にグレードの係数をかけて算出されると思っていい。多少の補正が入るから、少しズレるけれどね」


「わかりました。では、グレードという係数はどういうものですか? 差別的要素がこちらにもありそうですよね」


 カタリナは、人の全体評価が数字で表されるのが少し不本意だった。お酒が入ったこともあり、少しチクリと言ってみた。人間の評価なんて、そんな簡単にできるものなのだろうかと懐疑的だった。

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