第49話 受け継ぐ想いをより強く

 ミュートロギア地方に入り旅は進む。


「リーゼさん、お聞きしたいことがあるのですが」

 と、レンが言った。


 馬車は、テルミヌスの村にもうすぐ着く。


「何でしょうか?」


「腐食の厄災がなぜ予言よりも一年以上早く発生したのか、その後わかったのですか?」


 カタリナもそのことは気になっていた。予言と大きくズレて厄災は発生していたのは見過ごせない。


「いいえ。わかっていません。そして、厄災を祓う勇者もまだ現れていないと思われます。本来であれば、今ぐらいに厄災が発生するはずでしたね」


 リーゼの心の色に嘘の灰色はない。そして、不安の色が出ていた。国を統治する立場であれば、当然だろう。


 テルミヌスの村に到着した。先に手紙で連絡をしていたそうだが、以前のことも村長は覚えていた様で、快く歓迎してくれた。四人がくつろぐための部屋が用意され、食事ももてなしてくれたのだった。


 お酒と食事を四人は楽しむ。地元の食材を使った料理は新鮮で風味があり、地元産のワインも美味しかった。


「リーゼさんもヴィルヘルムさんも、お酒は強いのですか?」

 カタリナは、上機嫌と好奇心から聞く。


「弱い方ではないですね。ヴィルヘルムは底なしです」とリーゼの返答に、ヴィルヘルムは快活に笑う。


「ミコトも呑める方です」とレン。


 リーゼとヴィルヘルムも同意のうなづきをする。


「じゃ、クロスさんだけパーティでは呑めなかったのですね。向こうの世界では、お酒は呑めないのか、いつもお茶やジュースでした」

 と、カタリナは言った。ワインに口をつける。


「いや、クロス殿は酒は呑めるぞ。顔は赤くなりやすいが、このような場では、人並みに呑んでたぞ」


「あれ? どういうことでしょう?」

 カタリナは首を傾げる。


 話を聞いていたリーゼが、何かを思い出したのか、ひとりくすくすと笑った。


「ヴィルヘルム、南の港町ナヴィポルトスでのこと、覚えてます?」


 そう言われて、ヴィルヘルムはあごに手をあてた。その後、豪快に笑った。


「そういうことか。クロス殿らしいな。わしは今、彼のために乾杯をしたくなりましたぞ」


 レンとカタリナは訳がわからなかった。だが、すぐにリーゼが嬉しそうに教えてくれた。


「その港町の酒場で呑んだ時、地酒が合わなかったのか、クロスは泥酔してしまったの」


「一部の宝石の『眠れる宝石』が解除され、暴走しそうになったことがあったんだぞ」とヴィルヘルム。


「だから、彼は今、お酒を控えているのでしょう。王家の翡翠の『眠れる宝石』を誤って解除しないように」

 そう話すリーゼはとても嬉しそうだった。心の色はもちろん黄色だ。


 だから、歓迎会や飲み会でソフトドリンクを選び、さらにおつまみ選びも健康志向だったのか。風邪などにも、きっと気をつけていたのだろう。


 カタリナはこの場にきて、クロスの謎が解けたことに驚き、嬉しかった。そして同時に、彼の覚悟は本物だったのだと理解できた。あらゆることに気を配っている。


「クロスさんの禁酒に、乾杯しましょう!」とカタリナは言った。


 四人は酒杯を掲げて乾杯した。そして、大いに喜んだのだった。


 明日には、ミュートロギアの神樹にたどり着く。ここまで準備してきたクロスさんたちの想いが叶わないはずはない。そう確信して、カタリナはその夜、眠りについた。


 *


 翌朝、馬車を使って四人はミュートロギアの神樹へと向かった。小一時間の後、馬車は丘にたどり着いた。


 ミコトさんが『符号反転』を放ち、聖なる神樹を成した場所だ。リーゼさんが教えてくれた。


 丘からは、その聖なる神樹が見える。周りの木々すらも小さく見える巨大な樹だった。枝を四方八方に広げ、青々とした葉を茂らせている。空気がとても澄んでいた。


 カタリナはこの地に満たされている聖なる力を感じる。生まれ育ったエルフの森もその力が強い場だったが、同等かそれ以上だ。


 あとは、神樹の元に行き、王家の翡翠を掲げるだけだ。馬車を降りて、四人が向かおうとした時だった。後ろから声がした。


「おいおい、なんだよ、これ。ここに『腐食の厄災』が孵化してる頃だろ。なんでこんな気持ち悪いものが出来てんだよ」


 声の主は、肩までかかる銀髪に角を生やした魔族の男だった。宙に浮いている。魔法で飛んできたのだろうか。貴族の正装のような服装、背中に大きな鎌を背負っている。


 リーゼたちに気づき、降りてきた。

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