第54話 もうひとつの再会
女神ヶ丘病院の異世界転移管理病棟。
その病室で、クロスは美琴の左手を握っていた。ベッドの側にあるパイプ椅子には座わってはいない。クロスの右手の人差し指からは淡い緑色の光の糸が天へと伸びている。
波動を感じていた。やがて、その波動は徐々に強くなり、強烈な勢いとなって光の糸から、自分の右手を経て、ミコトの左手へと駆け抜けていった。美琴の身体にミコトの魂が飛び込んだのだ。
しばらく、病室は静かだった。
クロスは、ミコトが目を開けるの待っていた。祈るような気持ちだった。
いつの間にか、床に膝をつき、両手でミコトの左手を握っていた。瞬きする時間すら惜しかった。
静かに、ミコトの目が開いた。天井を見つめて、そしてクロスに気づき、目が合った。
「……おかえり」
「……うん、ただいま。そして、ありがとう」
ミコトが、微笑んだ。
その顔を見た瞬間、クロスの視界がぼやけた。目に涙が溢れているのがわかる。止めようがなかった。カッコ良くクールに迎えるつもりだったのに、きっとすごい顔をしているだろう。でも、顔はそらさない。
「向こうで、レン君、リーゼ、ヴィルヘルム、そして、カタリナさんに会ったよ」
クロスは、うなづくだけしかできなかった。涙を拭う。
ミコトが、ベッドから起きあがろうとした。そして、驚く。
「わあ、私こんなに髪を伸ばしたの、小学校の時以来だよ」
さらさらと長い髪が肩から胸元へと流れていく。
「こりゃ、イメチェンでレン君驚くね。どんな顔するか楽しみだ」
いつもの調子を見せるミコトに安心し、クロスは言う。
「毎日のように、ここに通ってたんだよ、彼は。いまさら驚かないさ」
「えーっ、そんなのつまらないよ。いや、嬉しいよ。お見舞いに来てくれてたのはさ。仕方ないなぁ。じゃ、黒髪ロングのミコトちゃんが良いか、茶髪ショートボブのミコトちゃんが良いか、レン君に選択を迫ろう」
クロスは、どっちを選んでもミコトにからかわれるレンの姿が浮かんだ。気の毒に。
「もう『符号反転』を、あんな風に使うなよ」
「うーん。あの時は、無茶しちゃったと思うよ。でも、あの手しかなかった。皆が助かる可能性は。でしょ?」
クロスは、否定できなかった。
「私の『符号反転』は超強力だからね。ダメ男もイイ男に変えちゃう。引きこもり君が、今や一国の女王様と相思相愛になっちゃうくらいにね」
ミコトはそう言って、クロスのことを指差し、ウインクした。
「マジかよ。それは、すごすぎだ」
クロスは、ミコトの冗談に乗っかる。こういうやりとりは、久しぶりだ。そして、最愛の人が目的を遂げたのだと知った。胸が熱くなる。
急にミコトが黙った。うつむいた。
少しだけ、沈黙が流れる。
優しく首を横に振り、そしてクロスの顔を見て、ミコトは告げた。
「……そんなわけない。
……そんなことないよ。
君が、自分で変わったんだ。すごいよ。
……本当にありがとう。私を救ってくれて。
……私の、願いを、叶えてくれて」
ミコトは微笑んだ。彼女の右目から静かに涙が頬を伝っていく。
「ああ、本当に良かった」
クロスは、目頭が熱くなりながらも、心の底から微笑む。
その後、クロスは、別のパイプ椅子を持ってきて座り、ミコトが消えてしまってからのことを話した。
聞いていたミコトは、転生・転移管理事務所の仕事内容に興味を持ち、レン君のスコアに驚き、彼が転移できなかった事態には腹を立ていた。
そして、クロスは、肝心のどうやってミコトを取り戻すか、考えて実行したことも伝えた。
でも、ミコトの一番の関心は、他にあった。
「で、どうやってリーゼに告白したの? まだなわけないって私の直感が言ってるんだけど。クロス君は真面目だから、こっちに戻る前にけじめをつけたと思うんだ。ねぇ、ねぇ」
ミコトは、しつこく聴いてきた。
相変わらず、本質を突いてくる。
クロスは、そのしつこさに沈黙で対抗する。すると、ミコトは急に真面目な顔になって言った。
「はやく、リーゼに会いに行ってあげて。絶対、待ってるよ」
「……ああ。もちろん」とクロスは答えた。
やっと、胸を張って会いに行ける。
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