第53話 再会

 魔族エグゼン・プラーを倒したリーゼたちは、ミュートロギアの神樹の前に立っている。


 エグゼンが話していた四百年前の勇者への呪いについては、四人にとって衝撃的なことだった。だが、今は自分たちの目的を達成することが最優先だ。


 穏やかな風が吹き、草花の香りを運んでくる。空は快晴だ。レンは、虹色に輝いている王家の翡翠を右手で高く掲げた。そして、込められた魔法を解き放った。


 翡翠から強い光が放射状に広がっていくと、ミュートロギアの神樹から、細かな光がいくつも湧き出す。


「おおっ」とヴィルヘルムは感嘆の声を上げた。


 リーゼは様子を静かに見守っている。


 カタリナは念の為にと周囲への警戒を怠らない。


 神樹からは光の粒がどんどん湧き出し、光る泡の様になって空中を漂い、そして、ゆっくりと翡翠に入りこんでいく。やがて光の粒が神樹から出なくなり、すべてが王家の翡翠に収まった。


 いつの間にか風は凪いでいた。レンが掲げた王家の翡翠が一段と輝きを増し、強烈な光を放った。


 その光が少しずつ人の様な形になっていく。やがて、それは、かつての仲間たちにとっては見慣れた人の姿を形どった。


「……ミコト」


 レンが確かめるように声をかける。その声で目覚めるように頭と思しきところにミコトの顔が形成され、目が開いた。レンは見つめている。


「あれ? レン君? それにリーゼ、ヴィルヘルムも」


 カタリナは初めてミコトの声を聞いた。


 リーゼたちはその懐かしい声を聞き、歓声を上げた。耳よりも心に届く声。魂の声だ。


「ミコト、……やっと、会えた」


 レンは嬉しさで声が震えている。涙が込み上げたのだろう、左手で顔を拭った。心の色はもちろん黄色だ。ミコトの魂からも同じ色が見える。 

 

「私、えっと……この大樹に取り込まれてしまって」

 光体のミコトは大樹を見上げた。


「ええ、そうです。でも、レンさんが、クロスが、あなたの魂を呼び戻してくれた。あとは向こうの世界の身体に還るだけです」

 そうリーゼが伝えた。


「クロスさんがいろいろ、本当にぼくらのために、いろいろしてくれて……」


 レンは途中から声が詰まってしまった。ミコトのことを本当に大切に想っているのだろう。さっきまでの勇ましさは、どこかへ行ってしまったようだ。


 ミコトは、そんなレンを優しく見守るように見つめている。その顔はとても嬉しそうだった。


「レン君、ありがとう。でもね、私もがんばったんだよ! 知ってる?」


 いつもの調子で明るく話しかけてくるミコトに、リーゼたちは笑い、そして、レンはうなづいた。


「ああ、知ってるよ。皆から聞いた。厄災を消し去るなんて、すごいよ」

 レンは嬉しそうに言った。


「へへ。でしょ、だからね。向こうで会ったら……頭なでなでして。そして、ギュってして」


「……ああ、もちろん」


 レンは光体のミコトに近づき、頭のあたりを撫でる仕草をした。


「そんな感じで、お願いね。約束だよ」


 ミコトはにっこりと微笑んだ。レンがうなづく。


「ミコト、……『私の国』を救ってくれて、本当にありがとうございました」

 リーゼは丁寧にお辞儀をした。深く敬意を払うように。


「ひょっとして……」

 光体のミコトはリーゼを見つめている。


「はい。あなたからもらった覚悟で、成し遂げました」


 リーゼが微笑む。ミコトが確認するようにヴィルヘルムを見た。当然のように彼は拳を軽く掲げる。


「すごい! すごいよ、さすが私のリーゼ! おめでとう!」

 ミコトは両手をあげて喜んだ。


 カタリナは四人のやりとりを見ていて、自分のことのように嬉しかった。


「ね、クロス君はどこ? まさか私のために犠牲になったとか、ないよね?」


「クロスさんは向こうの世界で、ミコトさんの魂を身体に戻すために待っています。申し遅れました。彼の代理人として、リーゼさんたちに同行した、カタリナ・オクトベルです」


 そう言って丁寧にお辞儀をした。


「カタリナさん、ありがとう。そして、初めまして」


「はい。初めまして。よろしくお願いします。えっと、『眠れる宝石』によって王家の翡翠に施された光の糸を辿って、向こうの世界へと導かれることになります。クロスさんがミコトさんの身体のそばにいらっしゃいます」


「ミコト、お主は今、魂だけの状態を王家の翡翠に留めている。こちらの世界の身体はなくなってしまったが、向こうの世界にはある。そこへと還るんだ」

 と、ヴィルヘルムが補足してくれた。


「なるほどね。確かに、王家の翡翠から光の線というか糸の様なものが天に伸びているよ。これを辿ればいいんだね。……あ、そっか。この糸を見て、あの時、リーゼの元に辿り着けたんだ。救うことができたんだね」


 ミコトの魂は、懐かしむような顔をしていた。


「私たちには見えませんが、世界を隔ててもその光の糸は消えない、繋がっているとクロスさんは言ってました」

 と、カタリナが伝える。


「あ、そうだ。肝心なこと。レン君は、向こうに戻れるの?」


「大丈夫だよ。今は海外旅行するように、異世界に来れるんだ。もちろん、ちゃんと帰れるよ」と、レンは優しい声で言った。


「なにそれ! 私が寝ている間に、そんなに世の中進んじゃったの?」


 それを聞いて、皆は声を上げて笑った。ミコトも笑った。


「旅行するように来れるなら、あらためてレン君と二人揃ってレグナ王国へ行くから! 約束ね、リーゼ」

 

「はい。約束です。大歓迎いたしますよ」


「それじゃ、先に帰るね。レン君、またね」


「ああ、また」


 二人はちょっとだけ寂しそうな顔をしたが、また笑顔になった。


 カタリナたち四人は、天に導かれるにようミコトの魂が王家の翡翠から離れていくのを見守った。

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