第52話 解放と覚醒

「おいおい、まじかよ、まじかよ。もう、致命傷だったのに。なんで回復してんだよ。俺、苦労を台無しにされるの、ほんとむかつくんだよな」

 と、エグゼンが文句を垂れる


「コード、三・五・一!」とリーゼ。


 それを聞いたヴィルヘルムは、両手剣を薙ぎ払った。エグゼンの分身が両手鎌で止めたのも構わず、力づくで振り抜く。その力で分身はよろけた。


 隙を見逃さずに、ヴィルヘルムは大きく踏み込んで返すように横薙ぎに振い、分身を吹っ飛ばした。


 カタリナは本体を追うのやめ、自分を狙ってくる分身の斬撃を剣で弾くと、風の魔法で威力を強化した回し蹴りで、リーゼの方へ蹴り飛ばす。


 コードの最初の三は、切り札の攻撃を行うという意味だ。五体をまとめて、リーゼが討つという合図だった。


「……私の焦がれる想いを、、知っていただきます」


 四体のエグゼンがリーゼの周りに揃った瞬間、彼女の右手人差し指につけられていたルビーの指輪が強く虹色に輝いた。


 二人のエグゼンの両手鎌によって防御壁が砕け散った。だか、瞬く間にリーゼの周囲に七つの魔法陣が地面に展開され、それらを繋ぐように大きく七芒星が描かれる。


 七つの魔法陣のそれぞれから巨大な火柱が幾本も渦を巻くように湧きあがった。四体のエグゼンの分身はあっという間に、その炎に焼かれ、飛ばされつつ炭になり、さらに灰になって散った。


 カタリナは、すぐに理解した。あの強烈な火柱は、クロスに逢いたいという想いがルビーの指輪から解放されたものなのだ。


 『眠れる宝石』が施されているとはいえ、あんなにも強烈な威力になるものなのだろうか。


 あ、待って。さっき、と言ってたような……。

 ということは、あれで全開でないの?


「待てよ、待てよ。いきなり四体はやめろって、あーもう、めんどくせぇ」


 そういうと本体からまた四体現れた。


 だが、それを見越していたヴィルヘルムは、瞬時に渾身の重たい一撃を放ち、両手鎌を粉砕し、その勢いのまま一体を葬る。


 カタリナも素早い剣撃を二度、三度、与えて他の一体を倒した。


 そして、炎の柱が消える瞬間、レンが飛び出した。双剣が的確に一体を捉えて、首をはねる。


 その隙を狙うように、もう一体の分身が背後からレンを襲ってきた。


 だか、振り向かずに左手の剣を背に回して両手鎌の斬撃をいなす。そして、レンは振り向きざまに右手の剣で、分身の胴を斬り、振り上げた左手の剣で縦に真っ二つに斬った。


 残りは本体のみ。


 すぐさま、レンは本体のエグゼンを捉える。一気に手数と威力が増した双剣の連撃に、エグゼンは押される。金属と金属がかち合う音、そして散る火花。


 エグゼンは両手鎌で防ぎ続ける。四体の分身は瞬時に倒されてしまった。防戦一方だった。


 おかしい。こいつはこんなに強かったか。四人の中で一番弱いから真っ先に仕留めにかかったのに。これでは、まるで……。


 だが、この連撃もいつまでも続くわけではない。


 反撃で振り下ろした両手鎌に、レンの双剣が十字の形でぶつかる。両手鎌が砕け折れる。だが、レンの連撃が途絶えた。


 エグゼンはニヤッと笑った。一瞬あれば、四体の分身が出せる。即座に殺してやる。


 そう確信した瞬間、カタリナが放った矢が空気を切り裂いて飛んできた。的確に頭を狙ってくる。エグゼンは無理やり、かわした。


 その隙をつき、レンが本体のエグゼンをすり抜けると、幾多の斬撃の跡がエグゼンから浮かび上がり、血が吹き出した。


 エグゼンはその場に崩れるように倒れた。


 倒れたエグゼンに冷たい視線を向けながら、レンは言い放つ。


「命懸けでも足りねえよ、俺たちを止めるにはな」


 そして、レンは双剣を鞘に納めた。

 一人で一気に三体を倒したのだった。


 カタリナは、一瞬見えたレンの心の色に驚愕した。見たことない輝く様な色だった。


 *


 女神ヶ丘病院の会議室。クロスはここを借りて、メガネ型端末と指に付けた操作リングで仕事をしていた。小休止しようとしたところで、彼の携帯端末にチャットが入った。育休中の同僚からだった。


A>やっと見つけた。


 その吹き出しともに、画像が開く。「天道院蓮」のデータだった。スコアの値が二万五千になっていた。


X>レン君がどうしたんだ? スコアが異常だ。


A>断片の所有者ってこと。四つに分けられた勇者の魂を持つ者の一人ってことだ。彼は今、向こうの世界だよね。何かがあって、覚醒した。


X>勇者の四つあるスキルを何か持っているってことだよな。何か、わかるか? 俺の権限だと見えない。


 クロスは、自分のメガネ型端末でオプトシステムに接続してレンのデータを閲覧してみた。スコアはこちらでは一万の表示。それ以上の値は表示されない。


 育休中の同僚はシステム管理者だ。クロスよりも上位の権限。隠された情報も閲覧可能だ。


A>『一敗不敗いっぱいふはい』つまり、一度負けた相手には二度と負けない。まさにチートスキル。


X>そんなスキルがあるのか。でも、彼女と再会したがっているだけの青年だ。巻き込みたくはない。


A>無理だね。因果律は、運命は、彼を選んだ。それに他にも問題は山積みだ。バレないようにデータはマスクして偽装はしておく。他の五人に対してはムダかもしれないが。


X>六人じゃないのか。


A>一人死んだ。だから五人。では、また。


 その吹き出しを残して、チャットは終わった。クロスは、ため息をついた。オプトシステムを開発した七人のうち、一人が死んだ?


 心がざわつく。


 後追いで、もうひとつチャットが来た。


A>そうそう。これではっきりしてきた。厄災が早く出現したのは、おそらく勇者が向こうの世界に転生できていないからだ。


 クロスは、もう一度、深くため息をついた。大切なリーゼの顔を思い出していた。

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