第22話 出会い
なす術がないと悟った瞬間、鋭い風切り音がした。その音を聞いた瞬間、大さそりが苦しみだした。大さそりの片目に矢が刺さったのだ。
洞窟内に響く咆哮と暴れまくる大さそりを避けるようにして、クロスは洞窟の出口の方を目指して転がるように走る。慌ててしまって、たいまつを落としてしまった。だが、気にせず駆ける。
運よく大さそりを狙う冒険者たちが来たらしい。大さそりから逃げようと走るクロスは、鎧を着た巨躯の壮年の男とすれ違った。
その男は、背負っていた両手剣を抜き上段に構えると、暴れ回る大さそりに強力な一撃を振るった。硬い甲殻を無視する破壊力で、大さそりの身体に裂傷を与える。大さそりはさらに暴れ狂う。だが、壮年の男は、冷静に次の一撃で大さそりの首を見事にはねた。
呆気に取られているクロスの目を覚ますように、出口の方から女性の声がした。
「危なかったね〜。大丈夫でした?」
ショートボブの茶髪の若い女性が、声をかけてきた。革の鎧を着て弓を手に持っている。誰にでも気軽に話しかける気さくな女性のように感じた。健康的な肌に、無駄のない肢体。運動は得意そうだ。快活な美人のお姉さんという印象だった。
先ほどの大さそりの目に刺さった一撃は、彼女だったのだろう。
また、その横にもう一人女性がいた。亜麻色で波打つ長い髪を一本に結えて、旅人らしい動きやすい服装。肌は色白で、瞳が大きく、凛とした美人だった。こちらの女性は、右手に長い杖を握っている。魔法の力なのか、杖からは優しい光が出ていて広くあたりを照らしていた。
「おケガは、ありませんでしたか?」
人生最大のピンチから、いきなり女性二人に声をかけられたので、クロスは当惑してしまった。
「だ、大丈夫です」
そう言うのが精一杯だった。額から脂汗が滲む。毒が回ってきているのに。
「討伐対象の大さそりでしたが、奥も調べますか?」
両手剣の男が、亜麻色の髪をした女性に確認する。
「そうですね。討伐数はお仕事の指定にはありませんが、念のため調べましょう。ここは街から比較的近い場所です。危険は排除しましょう」
「あなたも一緒にいた方が安全かも知れません。剣も折れてしまったようですし。あら、全然、大丈夫ではないですね。大さそりに刺されましたか?」
そう言われて、クロスはうなづくのが精一杯だった。
彼女は、杖を左手に持ち替えて、何かを唱えた。右手から淡く緑色の光が溢れ出てくる。その手でクロスの顔や腕についた切り傷、擦り傷を撫でる。すると、痛みが消えていった。
「刺されたのはここですね」と大さそりに刺された左腕に気づき、白く光る魔法をかけてくれた。
解毒の魔法の様だ。身体が楽になっていく。
「……すいません、ありがとうございます。……えっと、俺はクロス・マサトと言います」
「リーゼと申します。そして、こちらはヴィルヘルム」と笑顔を見せ、壮年の男も紹介してくれた。
ヴィルヘルムは、クロスに握手を求めた。応じて握った手は厚く力強かった。鎧を身につけているが、筋骨隆々で胸板も厚い。顎から頬にかけて髭をたくわれており、頭は短く刈り上げている。少し白髪が混じり始めている。
「私はミコト、よろしく」と、弓を持っていた女性も応える。
洞窟の奥へと進んだ四人だったが、他の大さそりはおらず、宝箱などの成果もなかった。洞窟の入口へ戻る途中、先ほど討伐した大さそりの首をヴィルヘルムは袋に入れていた。報酬をもらうために、討伐の証拠としてギルドに提出するためだそうだ。
*
街へ戻り、冒険者ギルドへ着いた四人は早速大さそりの首を提出した。森で薬草などを採取する仕事に比べて、格段に良い支払い額を見て、クロスは驚いた。自分の何日分の稼ぎだろう。
「報酬は四等分としましょう」と、リーゼが言った。
ヴィルヘルムとミコトもうなづいた。クロスは、自分が分け前の勘定には入っていることを否定する。
「いえ、俺は何もしていないですよ。むしろ、命の危機を助けてもらった形だと……」
それを聞いて、ヴィルヘルムが大声をあげて笑った。
「クロス殿が囮になってくれていたおかげで、ミコトの矢は急所をつくことができたと思うけどな」
「そうだよ。たいまつの灯りで見やすかったし、その灯りに大さそりも気を取られていて、うちらに気づいてなかったしね」とミコト。
「では、問題ないですよね。クロスさんも活躍されたのですから」
リーゼは和やかに言った。クロスは、照れながら素直に報酬の分け前を受け取った。
日が落ちたその後は、冒険者ギルドに隣接する酒場で祝杯をあげることになった。こちらの世界に来て初めて、誰かと食事をすることになった。向こうの世界でも孤独だったクロスにとっては、少々落ち着かない場だった。
クロス以外の三人は、パーティを組んでいるので旧知の仲だったのだろう、何かとクロスに話題を振ってきた。
「クロス君はさ、どうして冒険者をしているの? 何か目的はあるの?」
ほろ酔いのミコトが聞いてきた。
「えっと、お金がいるので。今は生活するためにって感じです」
「へぇ、でもそれならもっと安全な仕事でもいいじゃん。家業を継ぐとか。家族は何をしているの?」
ミコトは、踏み込んでくる。
「ちょっと、ミコト」とリーゼが止める。初対面なのにと思ったのだろう。
「……家族はいません。なので、自分一人で生きていかないといけないので」
クロスは、おそらく異世界転移してきたことを伏せて、素直に答えた。
しばらく、四人のテーブルに沈黙が訪れた。クロスはこの三人のことを聞いてみたいと思った。
「すいません、皆さんはどういった関係で冒険者をしているのですか?」
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