第二章

第21話 冒険者見習い

 クロスが、得体の知れない何かと話していた夢から目を覚ますと、そこは丘の上の草原だった。


 寝転んでいる身体を撫でるように心地よい風が吹き、草の匂いを運んでくる。青い空は、いくつか浮かぶ雲によって高さを主張していた。太陽の光も柔らかだ。


 ……ここは、どこだ?


 この場所に心当たりはなかったが、クロスは自分がたった今、夢から覚めたという確かな感覚を持っていた。同時に、見慣れた自分の部屋の天井が高く青い空に変わってしまっていることに、違和感を覚える。


 自分の身を確認した。引きこもっていた部屋のベッドで寝ていたはずだった。見慣れない服を着ていることに気づく。いや、正確には、馴染みのあるゲームやアニメで見るファンタジー世界での村人の服装に近かった。


 次に、自分の両手を見る。いつも見ている手だ。手首にあるホクロの位置も変わらない。あごのラインや頭を触ってみる。いつもと同じ感触。


 起き上がり、周囲を見回してみる。寝ていたすぐ横に、鞘に収まった剣があった。剣を手に取ると、慣れた感触が手から脳に伝わってきた。自分の剣だという確証を感じる。いつも持っているものだという安心感があった。


 同時に、俺は剣なんて持っていない。初めて見る剣だという視覚の訴えがあり、自分の脳がそれを理解しようとしていた。矛盾した思考の中にいた。


 立ち上がり、遠くを見てみる。少し遠くに街らしきものが見えた。この丘を下っていけば着くだろうと思ったクロスは、腰に剣を携えて丘を下り始めた。


 街を目指して歩いていると、目が覚めてきた。得体の知れない何かとの会話も思い出す。


――スキル、『眠れる宝石』を授けましょう。


 そして、受けた説明の内容を思い出す。宝石に魔法を込められるスキルであり、宝石の質、込める魔力、寝かせる時間、そして所有者や触れていた人の想いによって、発動できる魔法の強さが変わるという。


 だが、その授かったスキルはすぐに確かめられそうになかった。クロスの持ち物には、装飾品がない。宝石なんて持っていなかったのである。これでは、与えられたスキルを使ってみることはできなかった。


 丘を下り終えて、しばらく歩くと、街へ着いた。街にたどり着いた安心感からか、身体が空腹を訴えてくる。持っている鞄の中に食べ物はなかったが、腰から下げた袋の中にお金を見つけた。これで何か食べようと彷徨う。


 街の広場近くに、冒険者ギルドとすぐ横に酒場があることを発見した。まずは空腹を満たそう。酒場に入って、食事を注文した。

 

 しばらく待っていると、焼いたパンとポトフの様なスープ、そしてサラダがテーブルに運ばれてきた。思考よりも食欲が勝り、一気に平らげる。


 食事を終えると、周囲を観察できる余裕が出てきた。酒場は冒険者ギルドと繋がっており、受注したクエストの作戦会議をしている声が聞こえたり、パーティメンバーを募る声がしている。


 クロスは、自分は異世界にいるのだと改めて感じた。どうしたら良いだろう。にぎやかな中に孤独でいる感覚だった。同時に、不思議とこの世界を受け入れ始めている自分に気づいた。


 部屋に引きこもって、無駄に時間を過ごさないように何かに夢中になったふりをしていた自分を思い出す。それよりは、ましな生き方ができる機会なのかもしれない。


 しだいに生きていくために、ここで稼がないといけないのかなという思考になった。向こうの世界に戻りたくないという気持ちから、夢ではないことを祈った。


 冒険者ギルドのカウンターで説明を受け、冒険者の登録をした。身分を証明する様なものは不要だった。だが、何も実績を持っていないクロスは最低ランクの五級。特級、一級、二級、三級、四級、五級と分けられたランクはクエストの受注条件になるという。異世界をテーマにしたアニメやマンガで見慣れた光景だ。


 ランク五級で受けられる森での素材採取のクエストを受注して、こなした。まずはお金を貯めて、宝石を手に入れる。授かったスキルを使えるようになりたかったからだ。小さな目標のために、今は努力をしようと決めた。


 *


 街の近くの森で、薬草などを採取し、ギルドに納品する。日銭を稼ぎ、貯める。そんな日々が続いていたある日、いつもより深く進んだ森で、洞窟を発見した。毎日小さく稼ぐのに疲れを感じていたクロスは、安易に洞窟へと入ってしまった。


 そこには、あわよくばと期待していた宝箱などはなかった。そして、今、左手に持ったたいまつの灯りに照らし出されているのは、大さそりという魔物。硬い甲殻に守られて、強力な爪や尾で攻撃してくる魔物だ。自分の身体よりも何倍も大きい。クロスの持っていた剣では硬い甲殻に弾かれて、まったくダメージを与えられない。


 鋭く振られた尾の先の針を避けられず、左腕に刺さった。慌てて痛みを堪えてその尾の針を抜く。しだいに壁に追い込まれてしまった。額に汗がにじみ、呼吸も荒くなり、心臓はその存在を主張するように拍動する。左腕も痺れてきた。やはり尾の針は毒。


 形勢逆転を賭けて、強く握って力強く振り下ろした剣は、大さそりの硬い甲殻によって真ん中から折れてしまった。折れた剣先はくるくると回って宙を飛び、乾いた音を立てて洞窟の地面に転がった。


 クロスは自分の浅はかな行動を後悔した。痺れ出した左手に持つたいまつを向けるが、大さそりは尾を振り上げて、じわじわと距離を縮めてくる。後ろは壁。剣も折れてしまった。


 ……俺は、ここで死ぬのか?

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