第20話 眠れる宝石

 七月七日になった。


 午前中は、通常通りに異世界転生の申請について合否を通知する面接を行なった。昼休みは各自、自由に過ごした後、会議室に集合。時刻は午後一時を少し回ったところだ。


 昼休み明けで眠くなる時間帯であることを見越して、クロスは三人分のコーヒーを会議室に持ち込んでくれた。


 季節的にはアイスコーヒーが美味しい時期であるが、残念ながらホットだった。冷ましてから飲もうという気持ちが三人とも一致していた。誰も口をつけない。きっと眠気が襲ってきたら、飲むだろう。


「今日の会議って午後いっぱいかかるんですか?」

 

 元ベンチャー企業の社長は、時間の貴重さを問う質問を投げた。


「今度二人に異世界へ出張してもらいたいが、その背景や目的をきちんと説明したいんだ。そして、その説明が長くなると思う。でも、それなくして出張するのは意味がないんだ」


 『異世界へ出張』という言葉が、レンに緊張と期待をもたらした。


 クロスは出張のメンバーにカタリナとレンを選んだ。どうして、クロスとレンではないのか。レンに肩入れしているクロスなら一緒に同行しそうなものだが。


「わかりました」とレン。


 カタリナもクロスの顔を見てうなづく。


「それじゃ、早速始めよう。まず、これだ」


 そういうと、クロスはシャツのポケットからひとつの宝石を取り出して、二人の前に置いた。


 ひとつの長方形の宝石なのに、左側がピンク、右側がグリーンの輝きを放っている。なんで、宝石が出てくるのだろうと思った。だが、カタリナは、レンが持っている翡翠のことを思い出した。


「これは……?」とカタリナは、クロスの目を見ながら問う。


「バイカラー・トルマリン。二色が一つの石の中に共存している珍しい宝石だよ」


 そういうと、クロスはバイカラー・トルマリンを指で摘み、天井のLED照明の白い光にかざしてみせた。ピンクとグリーンそれぞれが強く輝いたような気がした。


「俺は、これを使って異世界から戻ってきた」


 レンはクロスが異世界帰りだという事実を今、知らされた。なので、顔も心もとても驚いている。カタリナは、異世界帰りをあっさりとレンに伝えていることに驚いた。


 そして、クロスがどうやって異世界から自力で戻ってきたのか、疑問だったことを思い出す。今日はその答えを教えてくれそうで、少しワクワクした。


「この宝石に、何か特別な力があるのですか?」とレンが聞く。


「うーん、正確にいうと、この宝石に『異世界へ転移できる魔法の力』を込めていたになる」


 あれ? そんな便利な宝石があるのであれば、わざわざ異世界転生申請や転生・転移管理事務所に就職するなんて手間もいらないのでは。気にはなったが、クロスの説明をまずは聞くことにする。


「オプトシステムが運用されて、異世界転移は海外旅行のような装いになった。転移期間が終了すると強制的に元世界、つまりこっちの世界に戻される形だ。でも、オプトシステムが運用される前は、異世界転移した人物が元の世界に戻ってくるのは稀だった。困難だったんだ。簡潔に言えば、何かしらの方法で強大な次元の歪みを無理やり発生させるなどの必要があるからだ」


「クロスさんは、そのバイカラー・トルマリンを使ってどうやって戻ってきたんですか? また、こういうのも変かもしれませんが、どうしてこちらの世界に戻ってきたのですか?」


 カタリナは背筋を伸ばして、真剣にクロスを見つめて問うた。


「さっきも言ったとおり、俺は異世界から戻ってきた。もともとこっちの世界の人間だったんだ。そして、はじめてこっちの世界から異世界転移をした時に、システムXから『眠れる宝石』というスキルを授かった」


 そう言うと、クロスはバイカラー・トルマリンに目をやり、言葉を続ける。


「宝石に合った魔法の力を込めて、寝かせて、解放できるスキルだ。宝石の質、込めた魔力の量、所持者や触れていた人の想い、そして寝かし続けた時間に応じた威力の魔法を発動させることができる」


 カタリナは、クロスがあっさりと二人にスキルの秘密を公にしたことに驚いた。レンは黙って聞いているが、首から下げている翡翠を服の上から握っていた。


「このバイカラー・トルマリンは見てわかる通り、二色であることが特徴だ。二つの地点を瞬間的に移動できる魔法と相性が抜群に良いんだ。そして、さっきも言ったとおり、この質の良い宝石に多くの魔力を込めて、帰還を強く願う人に持っていてもらった。異世界転移できるほどの威力を発揮できるようにね」


「クロスさん自身が、異世界から帰ってきたかったからですか?」とレンは聞いた。


 クロスは、首を横に振った。


「いや、俺はこっちの世界に戻る気なんてなかった。こっちでは虚無の様な生活だったからね。この宝石は俺のためではなくて、仲間のために用意していたんだ」


 クロスがこっちに戻ってきたことは本意ではなかったようだ。ということは、本来の目的のために、このバイカラー・トルマリンは使えなかったということ。一体何があったのだろう。仲間って誰だろう。


「その仲間は、異世界から帰還することを強く願っていた。こちらの世界に大切な人がいると、その人に再会するために自分は帰る手段を探しているのだと。……強く願っていたんだ」


 クロスは、レンの顔を見て続けた。


「その仲間の名前は、ミコト。こちらの世界では、『来元美琴くるもとみこと』という名前だ。ミコトはレン、……君に会うこと望んでいた。会いたがっていた」


 レンは複雑な表情になっていた。服の上から、例の翡翠を握りしめている。頭の回転が早い彼はわかっているのだ。彼女に何かがあって、戻ってこれなかったということを。カタリナも胸が苦しくなった。


 クロスは静かに息を吐いた。静かな空気が会議室を包む。


「少し長い話になる。一体何があったのかを、二人に知ってもらいたい」


 そうクロスは告げると、異世界での冒険を話し始めた。

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