第19話 見習いの名推理
「スコアって、何桁くらいです?」
「四桁で考えていいよ」とクロスが応じる。
「じゃ、上限が一万として、だいたい六千五百以下が合格にするかな。それより上位のスコアの人はこっちの世界としては失いたくない人材ということで……」
話している途中で、レンは静かになった。
「いや、六千五百以下のスコアは全員合格ってのもおかしい気がする。さっき聞いた前提だと、小さな子どもは、身体的能力や学業も途中でスコアは低いはずだから……。異世界転生申請に年齢規制があるなら別だけど、無いなら下位のあたりにも転生できないとするゾーンがあってもいいな」
クロスは、相づちで彼の話を促す。
「そうですね。直感的にですが、スコアが三千以上、六千五百以下を合格範囲にしていると思います」
「いい線をついてる。スコアによる合格範囲は、三千以上、七千以下だ」
レンは、それを聞くと満足そうな顔をした。
「で、ぼくのスコアはどうだったんです?」
「初回が九千近く、二回目の申請では九千を越えていたよ」
スコアの値は、レンにとっては嬉しい数字ではなかったようだ。彼はため息をついた。不満を感じたことが悲しみの色になって見える。それはそうだろう。そのスコア値によって、彼は異世界転生できないし、許可された異世界転移できる期間もとても短かったのだから。
「説明する必要もなかったな。与えられたわずかな情報から、考察と推測でスコアの定義に辿り着けるなんて、そうそうできるものではないよ」
クロスは、レンに賛辞を贈った。
「スコアを意図的に下げる方法はあるんですか?」とレンは聞いてきた。
「そりゃあるよ。社会的な地位を手放す、SNSのアカウントを削除して大勢の関心を削ぐといった感じだ。罪を犯したり、炎上させて社会的信用を失くしたりも有効だろう。グレードに響く。ただ、一度優秀だとスコアを記録された人物は下げるのは難易度高いと思う。要するにマーキングされるってことだな。何かしらやらかしてしまったとしても、復活劇を遂げた人物は過去にいるからね」
その話を聞いた後、レンは少し黙っていた。何かを考えているようだった。そして口を開いた。
「スコアに左右されずに、異世界へ行ける人もいるのではと思うのです。例えば、政治家とか、外交官とか。国にとって優秀な人物は当然、こちらの社会で活躍しているので高いスコアなはず。でも、仕事上、異世界に行かないといけない業務があるなら、スコアのフィルターを無視できるようにしておくことは、十分ありそうです。だって、異世界と政治的な交流は、今や当然のこととしてあるのでしょう?」
そのことを導き出して、レンはまた一瞬黙った後、続けた。
「ひょっとして、ここもそうなのでは? この転生・転移管理事務所の職員も、スコアを無視できるのではないでしょうか」
そんなことを、カタリナは今まで考えもしなかった。
「ああ、そのとおりだ。異世界転生は禁止されているが、異世界転移は可能だ。海外出張のような扱いになるね」
クロスが質問に答える。
レンは嬉しそうな顔をした。心の色も黄色だ。カタリナは、クロスがレンをこの事務所に誘った理由を理解できた。
レンが目的を達成するには異世界にかなりの期間滞在できないといけない。彼を職員にするために、雇えるための人件費予算がないといけない。だから予算を苦労して確保していたのだ。
カタリナの頭に疑問が浮かぶ。あれ? クロスさんはなんでこんなにまでして、彼に肩入れするのだろう? それが、とても奇妙だった。
レンは嬉しそうにしていたが、思考を停止することはしなかった。
「その出張は、入社したばかりの見習いでも可能ですか?」
「試用期間中の職員単独での異世界出張は認められていない」
クロスは冷たくルールを説明した。そして、カタリナに目を合わせてから、こう言った。
「ただし、正職員と同行する条件でなら、異世界への出張が認められている」
それを聞いたカタリナとレンは、驚いた顔をしながら、思わず目を合わせた。
「もちろん、日常的なここでの業務に支障が出てはいけないから、留守番は必要だ」
そこで定時のチャイムが鳴った。レンは学校を思い出しますねと言っていた。確かに何十年も変わらないものというのもあるのだなと、カタリナは奇妙は感想を抱いた。
カタリナは、レンがとても優秀な人物だとあらためて実感した。スコアが九千を越えているのは納得だった。論理的思考での推測の精度が恐ろしく高かった。
今日は彼に注目してしまって、彼の心の色を見ていた。
ちょっと後悔している。クロスの思考を推しはかっておくべきだった。
レンの願いを叶える準備が整いつつあることはわかったけれど、その準備はクロスの活躍によるところが大きい。一体、クロスとレンはどんな関係なのだろう。旧知の仲というわけではないだろうと、カタリナは思った。
明らかなのは、レンの願いをクロスは何とかして叶えようとしているということ。それを今日、確信できた。だから、彼がどんな気持ちでレンと接していたのだろうかと気になったのだ。
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