第23話 最初の勇気
ヴィルヘルムとミコトは、リーゼに目をやる。リーゼが答えてくれた。
「私たちはいつも三人で冒険しているわ。冒険の目的は明かせないけれど、仲良くやっている感じ」
「私もクロス君と一緒。身寄りがないんだよね。リーゼが友達になってくれた。だからそばにいるの」
ミコトは、さらりと辛いことを酔った上機嫌に混ぜて言う。
「わしは、リーゼ様に雇われているような者だな」とヴィルヘルム。
三人の様子を見ているとリーゼがリーダーのようだ。そして、ヴィルヘルムはリーゼの護衛というような印象だ。確かにリーゼとミコトの関係は仲が良い女友達のように見える。冒険は慣れていそうだ。先ほどの大さそりとの立ち回りを見ても思う。
クロスは考えた。異世界転移者ということを明かしても良いものだろうか。人見知りのため、冒険者ギルドに出入りしながら、他の冒険者を観察しながら、見様見真似でやってきていた。
誰かと話しながらというのは苦手でできず、パーティを組もうにもランクが低すぎて相手にされなかった。だから、いろいろなことを観察してきた。余計な苦労をしてきたように思う。それなりの年齢なのに、この世界については世間知らずなのだ。
敬語は苦手だけれど、この三人にいろいろと聞いてみよう。多少変なやつと思われても、また一人に戻るだけだ。失うものはわずかだ。いや、何もないだろう。クロスは開き直ることにした。
「リーゼさん、ミコトさん、ヴィルヘルムさん、もし宝石を何か持っていたら、俺に見せてもらえませんか?」
いきなりの変な依頼に、三人は顔を見合わせた。酒場とはいえ、クロスが今酒を飲んでいないのを、三人は知っている。
「クロス殿は、このレグナ王国の出身ではないのかな? 女性に宝石のことを尋ねるのは、この国ではなかなか勇気がいることなのだが」とヴィルヘルム。
「すいません。この国のことは、その全然分からないです。変に思われるかもしれませんが……俺は別の世界から来た人間です。その、えっと、こちらの世界に転移してきました……」
クロスは、自分でも初対面でこんなこと言う奴は頭おかしいって思われるだろうなと考えていた。顔が熱くなり、テーブルに視線を釘付ける。三人の顔が見れない。
別の国から来たと言ってもよかったが、この世界の地理に疎いクロスはその後に続く嘘はつけない。開き直って、素直にいくしかない。怖くて顔を上げられなかった。三人はどんな顔をしているのだろう。
少しの間をおいて、リーゼが言った。
「そうですか。それで、レグナ王国について知らないと。では、この国の風習については後にして、どうして宝石を? 不思議なお願いですね」
クロスは答えに窮した。スキルのことを話したくても、実際に使ったことはまだない。そもそもスキルが与えられるのは、こちらの世界では当たり前なのか、転移者にとっての特典なのかもわからない。
なかなか答えられずにいると、先にミコトが口を開いた。
「クロス君、残念だけど、私は宝石を持っていないよ。でも、リーゼは持っている」
リーゼは、そのことを咎めようとしなかった。ヴィルヘルムは少し難しい顔をしている。
「少しだけ、宝石を見せてくれるだけでいいんです。確かめたいことがあるんです」とクロスは精一杯、正直に言った。
その応答を聞き、リーゼはしばらく考えた後、ミコトとヴィルヘルムに向けて、うなづいた。
「クロス君、先にその剣を私に預けてくれるかな。君を疑っているわけではないけれど、宝石は高く売れるものだ。特にリーゼのはね。盗まれては困るので。まぁ、あの大さそりとの戦闘を知っているから、私らに仕掛けてくるのは分が悪いとわかっていると思うけど」とミコト。
それを聞いたクロスは、素直に折れた剣を鞘ごと、ミコトに預けた。ヴィルヘルムとミコトがクロスの左右に座る。テーブル越しに目の前にリーゼが座っている構図になった。何か問題を起こそうとしたら、左右の二人が取り押さえる形だ。
「クロス殿、我らと君はまだ信頼関係にない。とはいえ、リーゼ様は寛容だ。これで良いな」
「はい。ありがとうございます」
リーゼはまっすぐにクロスの目を見ていた。目が合った。整った顔立ち、白い肌に大きな瞳、一本に結えている長い亜麻色の髪も美しかった。リーゼは胸元からペンダントを取り出すと、テーブルの上に静かに置いた。翡翠という大きな宝石だった。
「失礼します」と言って、クロスは右手の人差し指で翡翠に触れた。
『眠れる宝石』を初めて使った。
宝石の情報が流れ込んできた。所有者はリーゼであること。小さな頃からずっとリーゼが所有者であったこと。リーゼを守れという誰かの想いが託されていること。宝石自体の質が非常に良いこと。まだ魔法が込められていないこと。
宝石のことを読み取れるというのは、発見だった。でも、スキルを使うためには、必要な情報なのだとも思う。
クロスは、その翡翠にスキルで魔法を込めてみることにした。リーゼを守れという想いをそのままにした魔法だ。今日、三人に助けてもらった。その恩返しをしたかったのだ。
スキルというのは何かを唱えるといったことが必要なく、自然に使えるようだ。とりあえず、初めてなので魔力らしき力を一気に注ぎ込む。
翡翠の宝石が強く輝いた。その途端に、クロスはふらついた。視界が急に暗くなり、身体に力が入らず、テーブルに伏してしまった。
「お、おい、大丈夫か?」とヴィルヘルムの声が響く。
その声に応えることができずに、クロスは意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます