第12話 禁忌のオプトシステム

「APIって知っているかい?」


 質問に質問で返された。しかも、知らない単語を引き合いに出された。カタリナはかなり困惑した。でも、クロスが解説してくれた。


「世の中のシステムとシステムは、アプリケーション・プログラミング・インターフェースというもので相互に処理をしたりデータの受け渡しをしているんだ。略してAPI。システムが他のシステムのために用意した窓口みたいなものだ」


 クロスは、一息入れて続ける。


「例えば、コンビニで買い物をした時に、手のひらを端末にかざすだろう? それによってレジのシステムはその人の情報を別のシステムに伝達して、お金の残高から購入金額を引いてくれと処理を依頼する。処理が完了したらお会計も完了。買ったものが手に入る。とまぁそんな感じ」


「確かに、今や手のひらや顔をかざすだけで、いろいろなことが処理されますよね。顔は特徴の違いを認識していると思いますが、手のひらはどうなっているんですか?」


 つい、カタリナは好奇心から関係ない質問をした。クロスは少し慌てたようで、自分の携帯端末のAIに代わりに答えてくれと依頼した。


「手のひらの中には、静脈が走っています。この静脈が個人ごとに異なるのでそれを利用して認証しています」

 

 携帯端末のAIが、落ち着いた女性の声で回答してくれた。


 カタリナは理解したが、話が脱線したことを謝った。クロスは説明を続ける。


「つまり、次元の歪みに存在するシステムXに対して、ネットワークを介していろいろと会話を試みた。AIが気の遠くなるような回数を試行して、システムXにAPIがあることを発見したんだ。つまり、対話ができる窓口があったってこと。そこからは、どう問いかけることが可能か、異世界転生処理を行う命令は、何かなどの調査が進んだ」


「分かってきました。APIという対話の窓口があるから、それを介して異世界転生を管理することができる。そのためのシステム、オプトシステムを開発したわけですね」


 クロスは、カタリナの理解の早さが嬉しかったようだ。そんな心の色、つまり喜びの黄色が見えた。


「ああ、そのとおり。高度に進化したAIが思考と試行を繰り返して、どのようなAPIがあるかを調査し、確認していった。そして、それを楽に自由に使えるシステムを開発、構築していくことになった。最初に成功したのは、インドだと言われている。そして、一旦システムのプログラムができれば、後は日本語対応させるなどの処理を付与していく。結果として、法整備も必要だったけれど、日本はオプトシステムの運用を約一年前くらいに実現させた」


 クロスの話を聞いていて、カタリナはさらなる疑問が湧いてきた。


「オプトシステムが出来上がったから、自由に異世界転生を処理してもらうことが可能になったのですよね。でも、いまはそうなっていないです。むしろ不自由なくらい。どうしてでしょうか」


 カタリナはそう聞いた後、テーブルの端末でハイボールを注文する。ついでに餃子も食べたくなったので追加した。クロスの飲み物については、ウーロン茶と言われたので、これも追加。


「これは前に説明したとおり、異世界転生で優秀な人材を渡したくない。同時に、優秀でない人は留まらせるようにしたいという思いが両方の世界であってな」


 クロスは、配膳ロボが運んできたハイボール、ウーロン茶をテーブルに置いた。餃子はまだだった。


「最初にオプトシステムを使って、異世界へ国連の代表者が外交官として、異世界転移した。向こうの世界との交流が始まって、いろいろな取り決めを双方で交わしていった」


「どんなことを、取り決めていったんですか?」


「お互いに転生者を把握して監視すること、異世界転生や転移を申請式にして審査や検閲を受ける形にすること、転移者はビザつきの海外旅行の様に入国管理ならぬ入界管理を施すことなどだ。ああ、もちろん転移者にはスキルを付与させないようにというのも決まったことだ。私的利用されないためだな。犯罪に使われたら大変だから」


 再び配膳ロボが来た。焼きたての餃子がテーブルに並ぶ。二人とも熱さに苦戦しながら、堪能した。一息ついたところで、カタリナが聞く。


「その申請審査の制度が始まる前に、転生や転移していた人たちも把握されているのですか?」


「それについては俺はよく知らないな。ただの現場マネージャーだから」


 カタリナは気づいてしまった。クロスから嘘と識別できる灰色が見えたのだ。おそらく、何か知っている。でも、カタリナには話せないということなのだろう。


 管理職は部下に言えない事情を抱えているものなのか。そして、今は追求すべき時ではないとも、カタリナは思った。クロスに対して、疑いを向ける証拠や用意がないし、追求する理由もないように思えたからだ。


 夜も更けてきたので、その場はお開きになった。お会計について、クロスは上司だからと多めに出してくれた。


 *


 カタリナは、クロスと別れてから思った。同僚とはいえ、上司とはいえ、カタリナは彼のことをよく知らない。ここに勤務して結構経つけれど、仕事以外のことはあまり話していないと気づいた。


 彼は結婚している。でも、奥さんはどんな人か知らない。単身赴任とのことだった。奥さんはどこに住んでいるのだろう。他に知っていることは、お酒が呑めないで健康志向というくらいだ。興味がわいてきた。今度、この仕事に就いた理由などを聞いてみよう。自分と同じ異世界転生者だったりしてと妄想してみた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る