第30話 符号反転

「リーゼはね、生まれ持った身分ゆえに苦しんでいる。国民を大事に考えて行動しているけれど、何としても王位を手に入れたいという決意というか覚悟はないと思うんだ。第一王女や第二王女が優遇されてきた現実を味わってきたんだろうね。それが心の足枷になっていると思う」


 クロスは、ミコトの鋭さをだんだん信頼してきている。彼女は本質を見抜く直感というか感覚が強い。


「最初から、第一王女や第二王女に敵わないと諦めているってこと?」


「そんなところだね。でも、クロス君のおかげで少しは自信を持ったみたいだけどね」


「どういうこと?」と、クロスは本当に心当たりがないので聞いた。


「翡翠に込められていた想いは、母親のだと聞いたでしょ。それはつまり、現女王はリーゼを大切に思っていたという証拠なんだよね」


 クロスは、あの晩、リーゼがとても嬉しそうにした顔を思い出す。クロスが気づいた顔を見て、ミコトは微笑んだ。


「予言で示された厄災を調査しているのは、ある意味、政治的な宣伝か」

 クロスは冒険の目的と背景を理解したかった。


「そだね。いつの間にか第三王女自ら調査に赴く筋書きにされたんだよね。ヴィルヘルムなんかマジ切れしてた。でも、リーゼは違うんだ。国民の不安を取り除きたいって想いがあるのだと思う。予言のことを国民にまで知らせて、不安にさせたのは第二王女派だと噂されていたんだ」


「予言すら、王位継承の道具ってこと?」


「予言を信じる、信じないは自由かもしれない。信じないなら、政治的に利用する者もいるだろうね」

 と、ミコトは窓の外にそびえる王城を見て、続ける。


「リーゼは置かれた境遇に悲観せずに、前を向く強さがある。それに、パーティに入ったから、もうわかると思うけど、リーゼは指導者としての素質がある。私は親友として信じている。応援したい」


 クロスもうなづいた。リーゼの采配は的確だ。


「なんだか、第三王女って、つらい立場だ。騎士の儀式の時は驚くばかりでそんなこと思いもよらなかった」


「まぁ、そうだよね。あの時のリーゼはすごかったでしょ。女王の様な威厳があったよね」

 と、非常に上機嫌だ。ミコトのそれは、いわゆる推し活の様に思えた。ベタ褒めだ。


 ミコトはティーカップを手に取り紅茶を一口飲んだ。


 クロスはもう一つ、いやもう二つ確認したいことがあった。ミコト自身についてのことだ。きっと、聞けばきちんと答えてくれる。そんな気がしている。深呼吸してから、声に出してみた。


「あのさ、俺の剣を治してくれたカラクリを教えてほしい。あの日、折れた剣がいつの間にか治っていて、いや、それ以上の斬れ味になっていた。ミコトが何かしてくれたのだと思うんだけど、鍛治の魔法でも使えるの?」


 ミコトは持っていたティーカップを下ろすと、クロスの顔を見た。


「あ、やっぱり気になるよねー。残念ながら、そんな魔法はないかな。あれはね、私のスキルによるものだよ。クロス君もうちの正式メンバーになったことだし、情報共有しておかないといけないね」


 クロスはスキルという言葉に困惑していたが、ミコトは続ける。


「『符号反転』というのが私のスキル。マイナスのものをプラスに、プラスのものをマイナスに、無理やり変える力だよ」


「それって、具体的にはどういうこと?」

 ミコトの説明は抽象的で分からなかったので、質問した。


「折れた剣は、マイナスな状態なわけだよね。その剣にスキルを使うと、プラスの状態、つまり新品以上の斬れ味になるの」


 クロスは、リーゼ救出の際に牢屋の鉄格子をまるで素振りをするがごとく斬れたのを思い出した。


「それは、すごいな。体験したからわかる」


「でしょー。冒険者として、かなり役立つスキルなんだよね。武器や防具が壊れてきたら治せるというか、新品以上になるからね。壊れた物を拾って、スキルを使って売り物にして、お金稼ぎもできる」


「便利だなぁ。ちょうどよく新品には戻せないのか?」

 ミコトは首を横に振った。


「それは無理なんだ。あくまで符号を反転させる。例えるとマイナス五だったものを、プラス五にするスキルなんだよね。プラスマイナス・ゼロってのはできない」


「『符号反転』ってことは、プラスの状態をマイナスにもできるってことだよな。どんな風にできるんだ?」


「そっちはあんまり使い道がないんだよね。敵の武器や防具を弱らせることができそうって思うでしょ? でも、新品はプラスマイナス・ゼロの状態。そこに使っても効果はないし、ちょっとでも壊れかけてたら逆に敵さんのを強化しちゃう」

 ミコトは両手を使って、お手上げのポーズをした。


「まぁ、でもね。敵が魔法で防御力を強化したら、それを反転させて弱体化ってのはできる」


「なるほど。使い方次第では、すごい有用だな。何かデメリットはあるの?」

 クロスはもう少しミコトのスキルを理解したいと思った。


「『符号反転』を使うとね、私の魔力と体力を結構消費してしまうんだ。プラス状態からマイナス状態はそんなでもないんだ。でも、逆にマイナス状態からプラス状態は、かなり消耗する。プラスの状態を固定するからってのもあると思う」


 ものは使っていると段々壊れていく。つまり、マイナス状態になっていく。それを加速させる様な使い方だと消耗はしにくいということだと、クロスは理解した。


「自然の流れに逆らう方が、エネルギーを使うってことか」


「まぁ、そんなところ。だから、無理やり変える力」


 クロスはミコトの説明を聞いて。納得したことがあった。リーゼさんが誘拐された夜、ヴィルヘルムは砦に乗り込む前にミコトのことを心配していた。リーゼもミコトに会うなり、回復魔法をかけていた。


 今なら、わかる。クロスの剣のために、ミコトがスキルを使ったことを、あの二人はすぐに理解していたのだ。


 そして、もう一つ確認したいことに触れる。こちらの方もとても気になっていた。


「ミコトはさ、あの晩、リーゼさんが誘拐された夜、どうして俺の剣を治してくれたんだ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る