第29話 王女と騎士
クロスはマンガやアニメで見たファンタジーのシーンを思い出す。
腰に携えていた剣を外し、片膝をついた。そして、両手で剣を捧げるように持った。リーゼが近寄り、その剣を受け取り、鞘から抜く。抜かれた鞘はミコトが預かった。
リーゼは剣を掲げて、言った。
「クロス・マサトよ。汝は、リーゼ・マリア・レグナの騎士として、いついかなる時も主人を守り、主人の意志を尊重し、忠誠をここに誓うか?」
クロスは、見上げる。リーゼと目が合った。
「はい。クロス・マサトはその名において、リーゼ・マリア・レグナに忠誠を誓います」と応える。
それを聞くとリーゼは掲げていた剣を、クロスの右肩へと静かに触れるように下ろした。
ミコトとヴィルヘルムは拍手をする。クロスは正式にリーゼの騎士となり、そしてパーティに加わったのだった。
そして、クロスは、リーゼの持つ翡翠に、あらためて『眠れる宝石』で同じ魔法を施した。今度は加減を間違えないようにできた。
*
「一度、王都レグナレットに戻ろうと思います」
冒険者ギルド横の酒場で昼食を取った後、リーゼが今後の方針を示した。昼食のテーブルが、そのまま作戦会議の場となっていた。
「ヴィルヘルム、パーティメンバーが一人増えたことで戦い方や探索時の隊列などが変わりますね。お手数ですが、想定される場面における、最適な布陣などを検討しておいてください。四人になったことで作戦コードが変わるところもあるでしょう。それについても、素案を用意してください」
「御意」
「ミコト、クロスにパーティの作戦コードを教えておいてください。四人になったとしても変わらないところを中心に」
「任せて」
「クロス、私たちは冒険の際、自分たちにしかわからない作戦コードで、状況を共有したり、戦い方を変えます。その方が素早く状況に対応できるからです。きちんと憶えてくださいね」とリーゼ。
「わかりました」
クロスは、リーゼが連れ去れる際にミコトが叫んでいたことを思い出す。確か「コード九・一」だったか。それにしても、リーゼのリーダーシップは的確で優れていると感じた。王族は皆そうなのだろうか。
「あの、王都に戻る理由は何でしょうか?」とクロスは問うた。
「いくつかあります。一つ目はこれまでの厄災に関する調査結果の報告。大した成果はないのですが。二つ目は昨晩の出来事に関しての牽制。まぁ、私が生還し健在であることを示します。向こうの計略が失敗したことのアピールですね。三つ目は……これについては今はまだいいでしょう。私の個人的なことですから」
リーゼが凛とした態度で教えてくれた。
リーダーとしての姿と昨晩の救出した時に震えていた姿の違いを見て、クロスは思う。きっと、どちらもリーゼの姿なのだろう。
「なので、本日の午後は、出立に向けて入用のものをこの街で揃えましょう。一泊して、明朝、王都へ出発です」
リーゼの指示を聞いていた三人は、揃ってうなづいた。
*
翌朝、朝の八時の鐘が鳴った後、リーゼたちは雇った御者の馬車に乗り込み、王都へと旅立った。
馬車の旅の中で、クロスはこの国についてやパーティの作戦コードなど基本的なことを学んだ。数日を要した旅だった。
王都に着くと、リーゼの屋敷へと向かう。第三王女という身分なので、当然、王城にも彼女の部屋などはあるそうだ。だが、別宅となる屋敷の方が落ち着くとのことだった。
屋敷で旅の疲れを癒した翌日、リーゼとヴィルヘルムは王城へ報告をしに行った。ミコトとクロスは屋敷で留守番となる。といっても、使用人などもいるので、不自由はしない。
来賓がくつろぐ広い談話室で、ミコトとお茶を飲むことになった。床の絨毯や部屋に置かれている調度品はどれも高そうだった。
クロスは、ミコトに色々と聞いてみたいと思っていた。馬車や街中では聞きづらいことがある。先のリーゼ誘拐事件以降、クロスも周囲や会話に気をつけるようになっていたのもあって、機会を伺っていた。
「ミコト、聞きたいことがあるんだけど。ここなら、安全かなと思うので」
ミコトから、パーティに入ったんだから、さん付けや敬語はやめてと要求されたのだが、いまだに慣れない。
「何? クロス君」
ミコトが君付けのままなのはどうしてだろうと、クロスは思う。
「リーゼさんは、誰に命を狙われているんだ?」
ちなみに、リーゼには、様付けはヴィルヘルムだけで十分と言われて、クロスは、さん付けを維持している。
「ここに来る旅路で教えたとおり、この国は代々女王が統治してきたのはわかるよね。で、現在、次の女王の候補が三人いるわけ。王位継承を有望視されている第一王女派、それを覆したい第二王女派、そして私たち第三王女派。第一王女派と第二王女派が強くて、第三王女派は厄災の調査という名の元、王城内での王位継承の政治的な争いから外されているんだ」
「なるほど。三人とも血が繋がった姉妹なんだろ? どうして争っているんだ?」
「父親が違うからね。それぞれ、娘を担いで権力を手にしたい思いがあるんだろうね」
「リーゼさんの父親も?」
ミコトは首を振った。父親はすでに他界しているとのことだった。リーゼの境遇は、良くない様だ。
「それで、どっちにも狙われているってこと?」
「いや、過激なのは第二王女派。王位継承権を覆したいから、後方の憂いというか競合相手を減らしたいというか……。追い出しただけでは、安心していない様子なんだ」
「第一王女派はどう思っているんだ?」
「見て見ぬふりの様子だね。順調にいけば第一王女が王位継承だから、余計なことをしないって感じ」
クロスは納得がいった。だから、ヴィルヘルムは見当がついていると言っていたのだ。そして、冒険先で命を落とさせる、つまり暗殺を計画したのなら、末端から王族にまでたどれる道なんて残すはずがない。
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