第28話 明かされた身分

 翌日、皆、遅い時間の起床になったが、朝風呂を済ませて、食堂に集合した。四人はパンと目玉焼きにサラダという朝食をとった。


「クロスさん、パーティに加わってもらうのに一つお願いがあります。昨晩は伝え損なっていたので、申し訳ないのですが」

 そう言うとリーゼは、翡翠を取り出した。


「それをお伝えする前に、この翡翠にかけていただいた魔法を一度解除していただけないでしょうか」


 リーゼの真剣な顔を見て、理由がわかった。クロスはまだ正式にはパーティへ入っていないのだ。正式な手続きの前に、関係を正したいということだ。


 クロスは翡翠に触れた。魔法を解除する。残っていた自分の込めた魔力が逆流してくるのがわかる。翡翠の輝きが弱くなった。


「これで魔法は解けました。輝きが弱くというか元の通りになったと思いますが……」


 リーゼは確認して、うなづいた。


「では、どういったお願いでしょうか?」


 クロスが尋ねたところに、ヴィルヘルムが間に入って言う。


「わしは、リーゼ様に騎士としての忠誠を誓っておる。クロス殿、それを貴殿にもお願いしたいのだ」


「帰り道で話したとおり、私たちはクロス君の力に頼りたい理由がある。でも、万が一のリスクを解消したいの」とミコトが添える。


「少しご検討ください。決意ができましたら、私とミコトの部屋に来てください。そうなってほしくはないのですが、忠誠を誓っていただけない場合は、そのまま宿を去ってください。私たちは正午まで待っています」とリーゼ。


 そう言って、三人は先に食堂のテーブルを立った。一人残されたクロスは、しばらくその場で考え込んでいたが、一度自分の部屋に戻ることにした。


 部屋に戻ったクロスは、ベッドに腰掛けた。


 騎士として忠誠を誓う。それがどういうことなのかを考えていた。リーゼさんは、何者かに命を狙われている。昨晩の出来事がまさにそれだ。そして、ヴィルヘルムさんという屈強な者が忠誠を誓っている。リーゼさんは一体、何者なのだろう。


 リーゼさんとミコトさんの関係は、友達同士の様な印象が強い。清楚なリーゼさんと活発なミコトさん。元の世界の学校だったら、間違いなくどっちが好みか男子の間で話題になりそうな二人組って感じだ。そんな友達は自分にはいなかったが。


 リーゼさんのことはあまり知らない。でも、大さそりの毒を治療をして、助けてくれた。宝石を見せてくれなんて突拍子もないことを、受け入れてくれた。救出した時に、震えていた。夜道の馬車で月明かりに照らされた横顔は、とても綺麗だった。微笑んだ顔は、何度も思い出したくなる。


 自分の力がリーゼさんのために役立つなら、それでいい。彼女を守るために自分の命を投げ出すことになるかもしれない。でも、それでもいい。もともと何も持っていなかった自分だ。彼女がどんな身分か知らないけれど、それは忠誠を誓うために必要なことだろうか。


――もう答えは決まっているじゃないか。


 ベッドの側に置いていた剣を見る。大さそりとの戦いで折れてしまっていた剣。


 ミコトが何かしたのだろう。折れる前よりも斬れる剣になっていた。何かの魔法だろうか。リーゼとヴィルヘルムもミコトの謎の力を知っている様子だった。


 なぜ、彼女はクロスの剣を治してくれたのだろう。……でも、剣を治してもらったから、自分は冒険者を続けられる。もし彼女らと別れたとしてもだ。そのことに気づいて、素直に感謝したい気持ちになった。


 クロスはベッドから立ち、着ている服を少し整えて、剣を腰に携えた。そして、リーゼたちが待つ部屋へと向かった。ドアをノックして返事を待つ。


 ヴィルヘルムがドアを開けてくれた。にこやかな顔をしている。


「よくぞ、来てくれた。リーゼ様がお待ちだ」


 部屋の奥の窓の側で、リーゼが待っていた。窓からの光で、昨日以上に気品を感じる。ミコトが脇に仕える形でいる。


「よく来てくださいました、クロス。騎士の誓いを立てていただけると、理解してもよろしいでしょうか?」


 クロスはうなづいた。ただの宿屋の一室にも関わらず、荘厳な雰囲気が漂う。さん付けが取れただけではない。これがリーゼの本当の姿なのだろうと思った。


「あなたは、まだ私がどういった身分の者かご存知ないでしょうに。それでも、誓いを立ててくれると、ここに来てくれたことを嬉しく思います。ですから、先に私の身分をきちんとお伝えいたします」


 リーゼの服装は冒険者のそれだ。動きやすい服装。一本に結っていた髪を今はおろしている。それだけなのに、言葉や仕草から感じる上品さには間然するところがないように思えた。


「私の名は、リーゼ・マリア・レグナ。レグナ王国第三王女です。今は王都を離れて、冒険者として、やがて国を脅かすと予言された厄災を探す旅をしています」


 想像していた身分以上だった。ヴィルヘルムの様な屈強な騎士を護衛につけているのだから、領主の娘といった貴族のような身分ではと思っていたのだ。


 まさか、この国の王族とは。クロスは自分のこれまでの行動に失礼がなかったか心配になった。いや、失礼なことをしたと思う。リーゼの懐の深さに許されていたのだ。


 自分の様な人間が騎士として誓いを立てて良いのだろうか。クロスは前の世界で何もない生活をしていた。こちらに来ても、一度リーゼの危機を幸運にも救うことができただけだ……。


 クロスの顔は浮かなかった。だが、

「クロス君、君は勇気ある人だよ。酒場でリーゼに宝石のことをお願いした時がまさにそうだったでしょ。行動する勇気さえあれば、世界は変えられるんだ」とミコト。


 この人はなんて鋭いんだ。驚かされる。本質を見抜いてくる。


 そして、ヴィルヘルムからも添えられた。

「クロス殿、貴殿は人からの恩に正しく報いることができる人物だ。昨晩の出来事がまさにそれだ。逃げ出すこともできたであろう。なのに、率先してリーゼ様救出に動いてくれた。自らも危険な目に遭うかもしれないのにな。ぜひ、今後も、わしと共にリーゼ様の側にいてほしい」


 二人が自分のことをきちんと見ていてくれたことが嬉しかった。


 クロスは二人に向かって、それぞれにうなづいた。そして、リーゼの方に向き直る。


「それでは、騎士の儀式を始めましょうか」とミコトが言った。

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