第31話 もう一人の転移者

 ミコトのスキルがわかった今、クロスは前以上に疑問に思うのだ。


 その日初めて会った人間に、体力や魔力を消耗してまで、折れた剣を治してあげる理由を知りたかった。仲間に心配されるほどのことを、クロスにしてくれた。


「……クロス君が、自分は異世界転移者だって言ったからだよ」


 クロスはその言葉に驚いて、目を見開いてミコトの顔を見た。彼女はニコッと微笑んで続ける。


「私も実は、異世界転移者なんだ。クロス君は日本人だよね。クロス・マサトなんて名前だから。そして、私も日本人。向こうの世界での名前は、クルモト・ミコト」


 そのことを聞いて、クロスの頭の中ではいくつかのことが論理的に繋がった。身寄りがないと言っていたこと。この国では当たり前な、母から娘へと受け継がれる宝石を持っていないこと。そして、スキルと呼ばれる能力が使えること。


「同郷のよしみってこと。あまり裕福でない冒険者が武器を失ったら、とても大変なはず。それに、あの日はさ、後は宿に戻って寝るだけーって雰囲気だったからね。ちょっといたずらしたい気持ちもあったんだ」


「リーゼさんやヴィルヘルムは、ミコトが異世界転移者だって知ってるのか?」


「うん。私のスキルは、自分のためだけに使うにはもったいないしね。ヴィルヘルムの豪剣も私のおかげ」


 クロスは、やっと理解した。あの晩、「宝石を見せてくれ」なんて突拍子もない願いを、リーゼやヴィルヘルムが聞いてくれたのは、ミコトがいたからだ。


 異世界転移者だと告げて恥ずかしくなり、テーブルに視線を釘付けにして顔を見れなかった時、三人はどんな顔をしていたのか。


 今なら想像できる。きっと、二人がミコトの顔を見て、それにミコトは微笑んでうなづいたに違いない。三人の気遣いが、あらためて本当にうれしかった。


「ああ、ミコトが異世界転移者だと知ってたから、俺の話をあの二人は疑わなかったんだ……。本当に、ありがとう」


 クロスは、頭を下げた。


「うん。どういたしまして。でも、クロス君のスキルは、冒険者見習いにはきついね。宝石を持っていないと使えないスキルって、試せない。お金を貯めて何かしらの宝石を手に入れない限り、スキルが付与されてないに等しいよね」


「そうだよ。大変だったさ。正直、ミコトのスキルが羨ましい。武器などの装備には苦労しないってのは、楽そう。おまけに廃品を新品以上にして売れるのは、ずるい」


 ミコトは、そう言われて偉そうに胸を張った。そして笑った。クロスも一緒に声をあげて笑った。


 ミコトも異世界転移者。その事実が、クロスの心を思った以上に軽くしてくれた。そして、異世界転移者を歓迎してくれるパーティに入れたこと、その幸運に感謝した。


「ねぇ、クロス君は、元の世界に戻りたい?」


 唐突に、ミコトが尋ねてきた。彼女は首を少し傾げて、答えを待っている。


 少し間をおいて、過去をふり返るように考えて、返す。


「……俺は、まだこっちの世界に慣れていないけれど、帰りたくはないかな」


「そっか」とミコトは少し残念そうな顔をした。


 クロスは慌てて、理由を並べようと思ったけれど、思いつくのは一つだけだった。


「俺はさ、向こうの世界ではいわゆる引きこもりだったんだ。部屋に閉じこもってさ、ゲームをして、動画を見て、小説やマンガを書いてみようとして諦めて……何もない様な生活だったんだ。狭い部屋の中で、無理やり何かをして、自分は時間をムダになんかしていないって、言い聞かせる様に生きてたんだ。家の外に一歩でも出るのが、ただ怖いだけの……」


 話していて、クロスは、自分の手が震えているのがわかる。


 ミコトは目を逸らさずに、そして静かに聞いてくれていた。そして、その顔は優しかった。


「私の座右の銘はね、『行動する勇気さえあれば、世界は変えられる』なんだ。クロス君は、こっちに来てから、勇気が出せたんだね。リーゼを助けることが出来たのは、その勇気の結果だよ。すごいことだって、自信を持っていい」


 顔が熱くなるのを感じる。褒められることに慣れていないと自覚する。そして、手の震えが止まっていく。


「……うん。やっと踏み出すことが、出来たと思う。その座右の銘、良いね。誰の言葉なの?」


「クルモト・ミコトっていう、偉大な冒険者」


 クロスは、思わず吹き出してしまった。そして、異世界に来て自分が救われたのだと、今、気づいた。仲間が気づかせてくれた。


「ミコトは、やっぱり元の世界に帰りたいのか?」と、今度はクロスが尋ねた。


「うん。もちろん。こちらの世界でリーゼやヴィルヘルムに出会えたことは、本当に良かったと思っている。でも、私は元の世界に帰りたい。大切な人に会いたい。大好きな人の、声が聞きたい。顔が見たい。会いたくてしかたない」


 そう言って、ミコトは一瞬泣きそうな顔になって、下を向いた。


「……そっか。……寂しいんだね」


 ミコトは、無言でうなづいた。


 二人がいる談話室に、静寂が訪れた。


 クロスは、自分に何ができるかは分からなかった。でも、ミコトの願いは叶えてあげたいと思った。きっと、ミコトの大切な人も、彼女に会えなくて寂しい思いをしているはずだ。


「……俺も、元の世界に戻れる方法を一緒に探すよ。仲間だから」


 クロスの言葉を聞き、ミコトは顔をゆっくりと上げた。彼女は浮かべた涙を細い指で拭うと、少しだけうなづく様に微笑んだ。

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