第2話 死の先にある異世界

 午後二時を回ったところで、クロスが言った。


「申請合否の連絡、今日の分は完了だ。次は転生または転移希望者への案内対応。それが終われば業務終了さ。だいたい定時前か定時には終わるよ」


 オンライン面接は、ヘッドマウントディスプレイやメガネ型の端末を身につけてバーチャル空間にダイブするのではなく、一昔前のような形で行われている。


 二画面のディスプレイと端末。正面のディプレイには高性能カメラが付いていて、クロスの姿を捉えて相手のディスプレイに映している。


 ただし、精巧なアバターで偽装した姿だ。転生・転移管理事務所員の安全を守るためだそうだ。髪色、眼の大きさ、眉毛や鼻筋、そして顔の輪郭をすこし変えて、印象が異なるようになっている。もちろん声も。


 その姿は、一応、サブディプレイの中で小さなウインドウで表示されている。自分がどんな風に相手に映っているかも確認できる仕様だ。もちろん、任意にアバターは解除できるそうだ。


 端末の操作は、右手の親指、人差し指、中指につけた操作リングでジェスチャー操作。文字入力はキーボードだ。


 ただし、入力する機会は少ない。会話と映像をAIが分析して、勝手に記録を取ってくれる。サブディスプレイにはリアルタイムにその記録がテキスト表示されていく。面接の様子は録画もされている。


 転生希望が叶った申請者のオンライン面接が、始まった。


 カタリナはクロスの画面を覗き込むのではなく、やり取りを見学できるにように設定された別の端末を使って閲覧している。マジックミラーのオンライン版と、クロスは言っていた。


「鈴木さん、先日合格の結果はお伝えしたと思います。転生のご希望は変わりませんか?」


 クロスが尋ねると、画面越しの三十代くらいの女性は応えた。


「はい。こちらの世界にいてもつらいことが多いですし、資格があるのなら、ぜひ、その……転生してみたいです」


「わかりました。それでは、いくつかご説明をさせていただきます。これらの説明を聴き、お心変わりする方もいらっしゃいます。つまり、転生をおやめになるということですね。なお、聴かずに転生は許可されません。運用上のルールとご認識ください。すでに合格の際にお伝えしておりますが、転生について他言無用でございます。これからお聞きになることも同様です」


 鈴木には、緊張の色が見てとれた。彼女は、静かにうなづいた。


「まず転生すると、こちらの世界に元の姿で戻ってくることはできません。やっぱり帰りたいは原則、通じません。それから、転生してもこちらでの記憶は保持されたままになります。……ですが、ゼロ歳の赤ちゃんになります。なお、性別や種族は選べません。成人女性のあなたが今の知識や経験を持ったまま、自由に動けない赤ん坊になるということを、一度ご想像されるとよいでしょう。ここまでよろしいでしょうか」


 鈴木の緊張の色が濃くなった。深呼吸した後、少し間をおいてから、彼女は「はい。わかりました」と応じた。


「続けます。どのようなスキルが特典として付与されるかは、こちらの事務所ではわかりません。どのようなスキルだとしても、それと一生付き合うことになります。ご自身の特性になると理解ください。ここまでが向こうの世界に転生した際に、最初に鈴木さんに起こることです。簡潔にお伝えさせていただきました」


 スキルというのは、超能力や魔法のようなものだ。転生者にとっての特典として付与される。


「あ、そうでした。もちろん、ご自分の名前を決めることもできません。あちらの世界の両親が決めるでしょう」


 と、クロスは付け加える。鈴木さんからは、困惑した色が滲み出ている。


 昔からマンガやアニメで語られる異世界転生の物語よりも、ひどく現実的な話を聴いたからだろう。名付けのところで、カタリナは静かに思い出し笑いをした。


 クロスは、落ち着いた顔つきのまま、説明を続ける。


「転生を決意され申請いただきますと、運命が確定します。転生の具体的な日時が決まりますので、ご連絡いたします。この具体的な日時になりますと、状況はどうあれ、死を迎えることになります」


 クロスは、静かに相手の目を見つめた後、視線を落として説明を続ける。


「残念ながら、穏やかな死となることは稀です。トラックに轢かれる。通り魔に刺される。高いところから転落する。溺死や窒息死ということもあります。たいていは短い時間ではありますが、死にいたるまでの痛みや苦しみは我慢していただくことになります」


 鈴木の顔は、すっかり青白くなっている。クロスは慣れているのだろう。大丈夫ですかと声をかけつつも、説明を続ける。


「ご遺体はご家族のもとに。何も知らないご家族は、突然大きな悲しみに包まれることでしょう。そして、通常どおり、通夜と葬式が行われることとなります。もうおわかりだと思いますが、親しい方々とは今生の別れとなります」


 鈴木は顔をおとし、手に取ったハンカチで目を隠している。鼻をすする音がわずかに聞こえてくる。


 きっと大切な人たちを、思い出しているのだろう。


「……あの、異世界転生することを家族や親しい人に伝えてもよろしいのでしょうか」


 クロスは、首を横に振る。


「申し訳ありませんが、先にもお伝えしたとおり、異世界への転生は秘密にしていただけるよう、お願いいたします。お辛い気持ちになるのもわかります。もし口外した場合は、転生のない死が訪れると言われております」


 すっかり震え上がった鈴木は、うつむいたまま小さく首を横に振った。


「異世界転生は、……おやめになりますか?」


 クロスが優しい声で尋ねる。彼女は無言でうなづいた。



 他にも転生の説明を受けた合格者が一名いたが、結果は少し考えてさせてほしいと言ってオンライン面接は終了した。


 異世界転生は、こちらの人生に終止符を打つこと。


 それを意識してしまうと、決断するのは難しいのだろう。


 随分前のことだが、ハーフエルフのカタリナはその身をもって知っている。その時はこんな仕組みはなく、自分の命が唐突に失われて、何も知らない異世界で目を覚ました。そのことは今も忘れられない。

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