第3話 心が触れた色

「今日のオンライン面接での窓口業務は、終了。あとは明日の準備だ。明日対応する異世界転生希望者、つまり申請者だな。そのリストを確認して、面接の時間割を把握する。そして、申請者の履歴などの情報に目を通しておく。それでお終いさ」


 クロスはそう言いながら、カタリナの端末を操作して、画面にリストを出した。リストのうち一名を選んで、申請者の履歴や合否、スコアといった詳細な情報を表示させた。


「明日は合否通達の面接をさっそくやってもらおうと思う。横で見ているから大丈夫。何かあればフォローに入るよ。なので、事前にリストを確認しておいてほしい。それが終わったら、今日は上がっていいよ」


 そう言うと、クロスは自分の端末に戻って、リストをチェックし始めた。カタリナも真似をするように、リストの上から申請者の合否などを確認をしてみた。


 老若男女、様々な人が申請しているのがわかった。一体、異世界に何を求めているのだろう。


 確認が終わったので、お先に失礼しますとクロスに声をかけようとした。彼は、画面に映った一人の若者の写真と履歴を凝視していた。


 気になったカタリナは、クロスの心の色を見てみた。複雑な色だった。驚きと喜び、そして若干の悲しみが混ざった色だ。


 カタリナが異世界転生の時に授かったスキルは、『心が触れた色』。相手の心の状態を、色で把握することができる。思考を読むことはできないが、相手の心理状態を把握できるので、うまく立ち回ることができるスキルで気に入っている。感情がある生物であれば、色を読み取ることが可能だからだ。犬や猫にも好かれやすくなるのが、特に良い。


 クロスの端末画面に映っているのは、さっき自分でもチェックした若者だった。顔だちが整っていて、たしか天道院なんとかという名前だったはずだ。すごい苗字だなと、印象に残っている。知り合いなのだろうか。


「お先に失礼します」と声をかけた。


「お疲れ様。明日もよろしく」と笑顔でクロスは応じてくれた。


 でも、彼の心の色は複雑なままだった。


 カタリナは思った。天道院なんとかさんと、クロスはどんな関係なのだろう。明日の面接で何かわかるかもしれない。


 自分が面接官デビューすることよりも、そちらの方を気にしながら、カタリナは下りのエレベーターに乗った。


 *


 翌日、天道院なんとかさんの面接は行われることはなかった。今日のリストから消えていたのだ。


「ああ、先方の都合が合わなくなって、面接が延期になることは時々あるから、気にしなくていい」


 クロスに尋ねたところ、そう言われた。


 申請者が別の日時にしてほしいと要求をあげれば、システムが自動で割り振れってくれるそうだ。クロスは、よくあることなのか気にしていない様子だった。


 昨日はあんな複雑な心の色をしていたのに。今は落ち着きを示す青系の色をしている。


 その日は、無事に面接官デビューを終えた。見様見真似で夢中で取り組んだ。横で監督していたクロスからのアドバイスは、ポイントをおさえており、少しずつ上手くなれるような指導だった。


 *


 あっという間に二月に入った。まだ面接については合否の結果のみを伝えることしか、させてもらっていない。


 異世界転移の手配など、他の事務処理や手続きはいろいろと覚えてきた。なので、カタリナは仕事について少しずつ自信がついてきた。


 今日は面接や事務処理を終えた後、一時間だけカタリナから自由に聞いて良いと、クロスが予定を空けてくれた。


「何か聞きたいことある? できれば仕事のことで。早く一人前になってほしいからさ」


 カタリナは、さりげなく釘を刺されたように感じた。クロスは、どこか自分のことを隠している雰囲気があり、心の色もいつも冷静な青系の色になっている。いろいろ聞いてみたい気持ちがあるが、仕事のことを聴くことにする。


「えっと、『転生』と『転移』の違いをきちんと確認したいです。今は合否を伝えてるだけですけど、詳しく聴かれたら、きちんと説明できる自信がなくて……」


「ああ、確かにね。一般の方もよくわかっていなかったり、誤解してたりするから、確認しておこうか。先にどっちのことが聞きたい?」


「そうですね。『転生』の方からお願いします」


 カタリナは過去に自分自身が経験したことをなぞりながら、クロスの話が聴けると考えたのだ。


「『転生』は、こっちの世界での人生が終わって死を迎える。その後、魂が異世界で生まれてくる命に宿る。異世界に移る時に多くの場合、一人一つのスキルを得る。昔は神様や女神様と呼ばれていて、今はシステムXと呼称されるものから付与されるんだ。生まれてくる命に宿るから、ある意味、若返りでもある。転生前の記憶も継承されるから、幼くして才能を発揮することも多い」


 自分が体験したことと、ここまでは相違ない。でも、神様、女神様と称されていたのを、システムXと呼ぶのはひどく現実的というか人工的・科学的な印象が伴うなと思った。


 さらに、カタリナは確認のために質問する


「『死ぬ』のですから、こっちの世界では遺体になってしまうのですよね?」


「そうだよ。こっちに住んでいる人たち、つまり遺された人たちからすると、身近な人の死というのを体験をすることになる。なので、転生してから姿かたちが前のままで元の世界に戻ってくるということは、起こり得ない」


 カタリナはうなづく。そして疑問に思うので問いかける。


「『転移』は『転生』と何が違うのですか?」

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