第4話 異世界転移

「そうだな。分かりやすく言うと、『転移』はビザを持って外国へ旅行するイメージだな。期間限定なので、今の仕組みではこっちの世界に戻って来れる」


 クロスはコピー用紙に図解を書きながら、説明を続ける。


「こっちの世界を元世界と呼ぶ。魂は異世界に行くのに、身体は元世界に残る。転移のタイミングで、神様、つまりシステムXによって新たな身体が生成されて、そこに魂が宿る。身体が元世界のものとほぼ同じ姿になる。なので転移した人は、今までと変わらずに自由に異世界を見て回れる」


 異世界申請の合否の際に、『転移』はできる・できないではなく期間で示されているのは、ビザのように期間限定の滞在パスとなるからか。


「ああ、そうそう。元世界と異世界という言葉を、こっちの世界とあっちの世界を示す形で使ったけれど、あっちの世界の人たちからしたら、元世界と異世界は逆になるからね。自分たちの住んでいる世界を元世界って呼んでいる。これは政治的な都合が多分にある、気をつけて使ってほしい」


 カタリナは理解を示した。そして、質問する。


「ほとんどの人の合否は『転生』は不合格で、『転移』が合格ですよね。どうしてなんでしょうか?」


「『転生』はそれぞれの世界に与える影響が大きいからだ。死と再生だからね。それに比べて、『転移』は期間を限定することで、旅行の様にお手軽なものになる。世界同士の交流としての落としどころさ」


 カタリナは納得した。異世界転移が、海外旅行の様になっているのは、ちょっと驚きだ。


「『転移』の場合、異世界の滞在期間が終了すると、自動的に元世界の身体に魂が戻る。つまり異世界から帰還できるわけだ」


 なるほど。強制的に帰還させられる様だ。


「でも、異世界にいる間に、事故などで死亡すると、戻ってくることはできない。異世界の方の身体が生命活動を維持できなくなると、元世界にある元の身体と異世界にある魂をつなぐ道が切れてしまうからだ」


 クロスは、コーヒーカップを手に取り一口飲むと続けた。


「『転移』している間、元世界に遺された身体は昏睡状態になる。きちんとケアが必要なわけだ。今は異世界転移する際に、制度上ケアしてくれる施設入ることが義務付けられている」


「『転生』の場合は、確定した死の運命が訪れるわけですけど、『転移』の場合はどうなるのでしょうか?」


 カタリナは、こちらの世界から異世界への『転移』は経験したことがなかったので、興味があった。今は、異世界からこちらへ『転移』して、就職したわけであるが。


「『転移』の場合は、元世界での確定した死は訪れない。オンラインゲームにログインするがごとく、異世界へ冒険しに行くイメージだな。でも、異世界で与えられた身体が滅ぶ。つまり向こうの世界で死ぬと魂はこっちの世界の身体との繋がりを失って彷徨うことになる。そう言われている」


 クロスは一息入れて続ける。


「実際、近年は異世界転移した者が誰かというのは、管理されているし、異世界の方でも死亡者の確認は元世界と同様になされるから、向こうで死んでしまった人かどうかは分かるようになってきている。もちろん、あっちの世界でも生死不明の行方不明者というのはいるけれどね」


「異世界での身体が滅ぶと、元世界での身体は、どうなるのですか?」


 カタリナは息を呑んで聞いた。


「こっちの世界、つまり元世界で昏睡状態になった身体はそのままだ。異世界で魂が彷徨っているとも言われているのは先ほど話したとおりだけど、元世界の身体へ魂を導く術がまだない確立していない。わからない」


 ふと見ると、クロスさんの心の色が、冷静な青色なのに怒りの赤が揺らいでいた。


「そうなのですか。では、そのような事態が起きた場合は、結果どうなるのでしょうか?」


「結論から言えば、元世界で脳死と同じ扱いになる。つまり臓器移植のドナーとなって、その後は戸籍上死亡となる。異世界転移の同意書にもその旨が書かれていて、同意しないと異世界転移はさせてもらえないルールだ」


 カタリナは、やはり命というか、魂というのは一つしかないものなのだと感じた。また、人の死にまつわる新たな概念が登場し社会のルールが整備されることは大切だが、同時に息苦しさがあると思った。


 そして、話を大人しく聞いていたが、内心複雑な気持ちになっていた。今話しているクロスさんに、怒りの赤色がちらついて見えていたからだ。そして、同時に悲しみの紫色も見えた。


 一体何に怒っているのだろう。そして、何が悲しいのだろう。考えながら、コーヒーカップを手に取り、一口飲む。苦さが口に広がり、脳を刺激してくる。


 でも、彼の怒りと悲しみの理由はわからない。根拠はないけれど、この人は複雑な気持ちを持って、この仕事に就ているのではと思った。


「最後に良いですか? 『転移』する人にはスキルが付与されないようなことをおっしゃってたと思うのですが、どうしてスキルが付与されないのですか?」


「今の運用では、元世界に帰還できることを保障する代わりに、スキル付与をシステム側で封じているんだ」


 クロスにとってもらった時間は終了した。少し残業となってしまうが、明日のリストの確認がまだだった。


 カタリナは自分の端末でリストをチェックしていく。随分慣れて、一件一件の確認もスムーズになってきた。


「あっ」と小さく声をあげてしまった。リストに「天道院蓮」とあったのだ。以前、クロスが複雑な心の色を示しながら凝視していた人だ。延期になっていたのが明日。少し落ち着かない気分になった。


 なぜなら……彼が望んでいる異世界転生は、不合格の結果だったから。


 結果通知書を詳しく見ると、合否の判定となるスコアが異様に高い値だった。九千に近い値。カタリナがこれまで見てきた転生に合格した人たちは、スコアが大体三千以上だった。


 それ以下だと不合格。そう理解していた。スコアは越えているのに……なぜ、不合格なのだろう。

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