第14話 ハーフエルフの告白

 翌日、カタリナは、いつもどおり淡々と業務を処理していった。


 海外旅行気分で異世界転移する人は、昏睡状態になった身体をケアする施設を予約することになる。大抵は大病院だ。異世界転移対応してくれる病院は、病室なり病棟なりを拡張して、専用のベッドを用意していた。


 おとなしさが保障されている昏睡状態のまま、退院する日が決まっているので、病院側からすると管理が楽なのかもしれない。それに万が一の事態が起きた時は、臓器移植で他の患者を救うことができるからでもあった。理に適っているけれど、なんだかやり切れない思いを感じる。でも、それで救われる命もあるのだろうと思うと複雑な気持ちになる。


 そういった調整ごとも、この事務所が行う。といっても、AIが処理してくれるので、苦労することはほとんどなかった。よく手配先になるのは、都内の女神ヶ丘病院だった。


 審査に合格しても異世界転生をする人は、ほとんどいない。半年近くここに勤めてわかった。もちろん、中には転生を選ぶ人もいる。でもごく少数だ。伴侶を亡くして独り身の年配の方は、転生を選ぶ傾向な気がする。


 みんな、死を味わいたくないのだ。事前に手術の成功率を聞くのではない。確実な死があると伝えられたら、怯え、逃げるのが生物として正しい姿なのかもしれない。相当の覚悟がいる。その先に転生が待っていると分かっていてもだ。


 逆に異世界転移をする人は多い。確実に戻って来られるから、旅行気分で異世界を体験する傾向が確かにある。


 今日も二泊三日で手配した。行き先は異世界のレグナ王国の王都レグナレット。あの国はちょっと前は大変なことがあったらしいが、今は落ち着いていて治安も良いところだ。


 異世界転移の申請AIフォームでも転移先としておすすめされている。知らない人は、そこを選ぶことが多い。それ以外の行き先も、大抵は安全と称される王都などがAIフォームのリストに並んでいる。


 こっちの世界と同様、異世界も治安の良い悪いや貧富の差はある。でも、行き先は、安心安全で綺麗なところが多い。


 なんだか、やはり海外旅行みたいだなと思う。考えてみれば、数日程度の滞在なら、冒険者になってギルドに登録して、お金を稼ぐなんて必要はない。

 

 カタリナは転生者だったので、異世界では両親がおり、育ててくれた。


 転移者の場合はそうはいかないと想像する。着の身着のままなのか固定された初期装備なのか知らないが、異世界に放り出されるらしい。異世界の通貨なんて持っていないかもしれない。


 きっと苦労するに違いない。与えられたスキルを上手く活用するのが攻略の早道だろう。あれ、何のだ? ゲームじゃないんだし。


 だが、今や異世界転移は、本当に観光旅行のようになっている。こちらの通貨も異世界で両替ができるのだ。


 カタリナは、そんなことを頭の隅で考えながら、もう慣れた手つきと話し方で、淡々と事務処理を片付けていく。今日の申請者の面談は完了してて、翌週月曜のリストを端末で閲覧していた。


「あっ」と小さな声をあげて、カタリナの手が止まった。『天道院蓮』とあった。四ヶ月前に不合格となった彼がまた申請してきた。


 審査結果の詳細を見る。……残念ながら、今回も不合格だった。異世界転移の時間も変わらず半日となっている。前回の履歴を参照する。スコアが少しだけ伸びていて、ついに九千を超えていた。


 カタリナは考える。月曜日に、彼と面接しても何も変わらないではないか。あ、でも……虹色になるという翡翠。カタリナは天道院蓮が大事にしていた翡翠のことを思い出した。あの宝石の輝きは今どうなっているのだろう。気になった。


 でも今は、さっとリストを確認して日常業務を完遂してしまおう。


「そろそろ、面談しようか?」とクロスが聞いてきた。


「もうちょっとで終わるので、お待ちください」と返す。


 すると、クロスは立ち上がり、コーヒーを淹れにいった。カタリナはラッキーと思った。きっと自分の分も用意してくれるに違いない。


 クロスの淹れるコーヒーは何故か美味しい。同じ事務所で、同じコーヒーの粉を使って、同じポッドのお湯で淹れているのに、不思議だ。


「はい。終わりました」と少し大きめの声で告げる。


 椅子に座ったまま、手を重ね、腕を上に伸ばして、左右に振る。身体がこわばっていたのがわかる。背中や腰の筋が伸びて心地良い。クロスが二つのコーヒーカップを持ってきた。


「翡翠のペンダントを持っていた天道院さんって覚えています? 明日の面接リストに入ってました」


「ああ、見たよ。彼の面接は、俺がしてもいいかな」


 ある意味、予想どおりだ。クロスも彼とあの翡翠のことが気になるのだろう。


「はい。承知しました。お願いします。ところで、さっそく面談始めましょうか」


 クロスはうなづいた。


 カタリナはコーヒーカップの中で波打つ波紋をしばらく見つめてから聞いてみた。


「先輩は、私のこと、どこまで知ってますか?」


「ん? ああ、履歴書は持っているよ。就職面接の時に提出してもらった書類一式は見ている」


 履歴書には、ハーフエルフになってからの半生しか書いていない。クロスは、カタリナが異世界転生者だと知ったら驚くだろうか。


「身近な人で異世界転生した方っています? もしくは転生して来たとか」


「いや、うーん。……いないと思う。でも、転移ならいるよ。あ、カタリナさんも今は転移者になるね」


 クロスの心の色は、いつもどおりの青だった。


 ちょっと躊躇してしまうが、白状してみる。深呼吸してから告げた。


「実は、私はもともとはこっちの世界、しかも日本にいました。異世界転生したんですよ」


 カタリナはクロスの返事を待ってみた。彼はどんな反応を示すだろう。驚くだろうか。

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