第13話 孤独な生まれ変わり

 六月の夜、自宅でお風呂場の湯船に浸かりながら、クロスがどんな人なのか、カタリナはいろいろ考えていた。


 転生・転移管理事務所のマネージャーだ。国内の管理事務所は、ここと関西方面に一つしかないらしい。職員の数は極端に少ないように思える。


 どんな経緯があって、この職に就いたのだろう。とても気になる。異世界転生と縁もゆかりもない人が配置されるなんて考えづらい。業務内容的に、異世界転生や転移を経験していたという前提条件がついてもおかしくないと思うのだが。


 そういえば、自分の時は特になかった。でも、そもそもの募集があっちの世界でされていた時点で、異世界にゆかりある人を採用する気だったのだろう。


 彼は単身赴任だと言っていた。奥さんはどこにいるのだろう。他に同僚がいれば、聞き込みできるのに。本人に聞いても、うまくはぐらかされてしまいそうな気がしていた。


 少子高齢化が加速度的に進んでいるこの国は、他の国よりも異世界からの移民に寛容なのではと思っていたが、想像以上にルールが整備されている。


 関連諸国と足並みを揃えないといけないということか。自己主張せず周りに合わせるという空気は、時代が変わっても、ずっと居座っているように思えた。どこもかしこも人手不足な感じだ。


 肩が浸かるまで湯船で寝そべり、浴室の天井を見上げる。


 カタリナは、異世界転生する前は日本人だった。だから、日本に戻ってきたくて、この仕事に応募したのだ。自分の知らない間にこの国はどう変わったのか、この目で見たかった。


 ハーフエルフは寿命が人間よりも長い。エルフほど長生きとはいかないが、それでも時間はたっぷりある。


 だから、次のキャリアとして転生・転移管理の仕事に就いて、こちらの世界、元世界を楽しみたいと思ったのだ。


 少しだけあちらの世界に失望したというのもある。今は戻りたいとは思っていない。エルフである母のことは気掛かりではあるけれど。


 こちらの世界は楽しかった。カタリナは、今では少々古いと言われるコンテンツを楽しんでいた。自分が転生する前に楽しんでいたマンガやアニメ、その結末を追いかけることが楽しかった。出かけることよりも、そちらの方が良かった。


 出かけると、こちらでの自分の人間関係が狭いことを実感し、寂しくなるからだ。たとえ古い友人に会いに行ったとしても、年齢が大きく違うだけでなく、容姿すら全く別人なのだから。会いにいく勇気は出ない。


 いろいろ考えた末に、カタリナは自分の生い立ちを先にクロスに伝えようと思った。特殊な事務所だ。異世界や異世界転生した身の上話は、クロスの興味を惹くだろう。それに、ちょっとだけ寂しさを埋めたい気持ちもあった。


 元の世界に戻ってきたのに、誰も自分のことを知らない。この世界は懐かしいけれど、懐かしんで会いに行く人がいない。お盆で地元に帰って、いとこや同級生と話に花を咲かせるようなことなんてない。


 日に日に、その孤独感が高まってきた。


 呑み会の席で話をしても良いと思っていた。クロスはお酒が飲めないから、しっかりと自分の話を聴いてくれるだろう。でも、別の機会を利用することにした。月一回の面談だ。コーヒーを飲みながら、自分のことを話したかった。


 *


「先輩、今月の面談はいつやります?」


 管理職のクロスとしては、部下と月一回の面談はしないといけない。それが分かっているので、先に調整してしまおうとカタリナは声をかけた。


「ん、いつでもいいよ。俺のカレンダーの空いているところに予定を入れておいて」


 それを聞いて、彼女は落ち着いて話せそうな時間を探して会議案内を彼のカレンダーに入れた。明日の夕方にした。金曜日の夕方。クロスに話を聞いてもらって、スッキリとした週末を迎えるのがいいと思った。

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