第15話 転生者と転移者

「まぁ、そうだろうね」


 あ、あれ? 予想を大きく外れた反応にカタリナは当惑した。クロスの心の色もいつも通りの落ち着いた青だ。全然驚いていない。どうして。


「あ、あの、もっと驚くかなぁって思ってたんですけど」


「それは申し訳ない」


「どうして、私が異世界転生者だって分かったんですか?」とカタリナは顔を赤くしながら質問した。


「いや、歓迎会を居酒屋でやった時があっただろう。あの時、日本食に馴染んでるなぁって思ったのがきっかけかな。熱いおでんの大根を箸で切り分けて冷ましてたし。刺身も醤油とわさびで美味しそうに食べてた。俺にこれはどんな料理なんですか? なんて聞かずに、餃子頼んでたしね。履歴書上は、こっちの世界には当然来ていたという経歴はない。でも、異世界に出した募集要項に興味を持つのは、こっちの元世界のことを詳しく知っているとか、興味がすごくあるとかの可能性が高い。転生者や転移者だったら戻って来れるチャンスになるわけだ。で、カタリナさんはハーフエルフ。異世界転移者の可能性は消える。残るは異世界転生者の方となる。と、まあこんなところ」


「じゃ、どうして黙ってたんですか」と顔を赤くしたカタリナは問いただす。


「カタリナさんのプライバシーだと思ってたからだよ。何かの事情があるかもしれない。確証があったわけでもないし、同僚に根掘り葉掘り追求されるのも嫌だろうなって思って、黙ってた。さらに付け加えるとね、今時は何でもハラスメントになりうる。管理職には厳しい社会なんだ」


 プライバシーを尊重してくれていたのはありがたかったが、クロスに気づかれていたのは恥ずかしかった。


「しかし、なんでまた教えてくれる気になったんだい?」


「そ、それは、寂しかったからです。こっちの世界に来たの、最初嬉しかったですよ。懐かしい景色を観に行って。でも、その景色も大きく変化していて、驚いて。異世界転生した後で、知らぬまに完結したマンガやアニメの結末を観て、心残りだったことを解消していきました。でも、会いに行く人が……例えいたとしても、向こうは私のことがきっとわからないなって。戻ってきたこっちの世界は、私にとって寂しい世界だと気づいてしまったんです。ああ、私は別人になったしまったんだと、こっちの世界に来て、また思ったんです。異世界転生した時と同じような気持ちでした」


「……そうか。そうなるよな」クロスは何回もうなづいて聴いてくれた。


「履歴書に書かれていた『森の騎士』の称号、すごいなと思ったよ。ハーフエルフなのに、エルフの森に認められた証だろう。『森の狩人』、『森の歌い手』、『森の騎士』は、エルフ族での最高級の称号だ。弛まぬ努力で勝ち取ったものだろうなと思ったよ」と告げてくれた。


 カタリナは、『森の騎士』の称号を授与された時のことを思い出した。人の何倍も努力して勝ち取った称号だった。母は喜んでくれたが、父は他界した後だった。肩身の狭い思いから、少しだけ解放された時だった。


 でも、その後、認められた『森の騎士』の称号は、重荷になった。


 『ハーフエルフなのに森の騎士』だと妬まれ、『ハーフエルフだから、やはり出来損ないだ』という固定観念が変わらずカタリナに向けられていた。努力の結果得られたものは、自分を救ってはくれなかった。


 何より、スキルで相手の心の色が見えるのがつらかった。スキル『心が触れた色』は、周囲は何も変わってないのだと、塗り替えられていない色を示して教えてくれたのだった。


 その手に残ったのは、剣士として一流の腕前だけだった。証として授かった、森の霊水で清められたエルフの聖剣は、重荷にも感じたのだった。


 カタリナは、昔を思い出し悲しくなった。うつむきそうになった。


 でも、目の前に現れた疑問で、その気持ちは一気に吹き飛んだ。顔を上げてクロスの顔をまじまじと見た。


「どうして、どうして、エルフの森の称号について、知っているのですか? 履歴書に書いたのは、私が授かった『森の騎士』だけ。『森の狩人』、『森の歌い手』をなぜ知っているのですか?」


 クロスは、静かに微笑んで答えた。


「俺は、異世界転生者ではないけれど、異世界転移を経験している。過去に、あっちの世界に飛ばされて、そして戻ってきた。異世界のことについて、一般常識はわきまえているつもりだ。冒険者だったよ」


 カタリナは目を丸くして驚いた。転生・転移管理事務所に勤務しているから、異世界と何かしら関わりがあるはずとは思っていた。


 彼の見た目は、少しパーマがかかった黒髪で目が鋭く、すこし痩せ型で平均よりも背が高い。スーツの着こなしもできている。いわゆるイケてる日本人男性だ。


 だから、カタリナは異世界から元世界に転生した人なのかもと想像していた。魂というか中身は異世界経験がある人という感じだ。でも、そうではなかった。


「約一年前、オプトシステムが運用される前だ。こっちに戻ってきてから、仕事に困っていてね。それでここを斡旋されたんだ」


 クロスに対して疑問がどんどん湧いてくる。


 どうやって異世界から戻ってきたの?

 異世界で何をしていたの?

 こっちに戻ってきた理由は何?

 どんなスキルを授かったの?


 カタリナのように、今なら入会管理事務所に就職すれば、オプトシステムとシステムXによって、強制的に転移できるだろう。けれど、それだと『戻ってきてから、仕事に困っていて』とはならないはずだ。クロスから嘘の灰色も見られない。

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